『滑りたおす』
香久山ゆみ
(『雪女』)
「絶対言わないで」と約束したのに、彼は皆の前で暴露した。へらへら笑いながら。まったく笑えない。私は彼のもとを去り、寒々しい心で、氷上を彷徨う。そうするうちに胸に熱い炎が宿る。
『彼女の雨傘』
元森葵
(『笠地蔵』)
玲司が帰宅すると、自室の前に紙袋が提げられていた。中に入っていた傘は恋人の緑にあげたもので、彼女を怒らせたことで傘を突き返されてしまったらしい。傘から始まった彼女との出会いを思い出し、謝ろうか逡巡するうちに、時間が経ってしまう。
『椀貸淵の主』
田崎ミト
(『椀貸淵・椀貸伝説』(山梨県、群馬県ほか全国各地))
椀貸淵は、祝宴の際に必要な椀膳を頼むと貸してくれるという伝承の残る淵である。妻を亡くした主人公は伝承が真実であることを知り、椀だけでなく死んだ妻をも借り出す。しかし再びの別れが名残惜しく返せずにいると、淵のある川に大水害が迫る。主人公は、人身御供となる覚悟を固め川に身を投げる。
『山姥の晩餐』
遊城日華莉
(『三枚のお札』)
山姥は山に迷い込んだ少女を食べようとするも、あと一歩のところで逃してしまう。少女を追いかけて下界に降り、再び山へ連れ去ろうとする。しかし少女に与えられたミルクによって、かつての記憶を思い出してしまい、逆に山姥の方が溶けて消滅してしまう。
『ワンルーム・ジャイアント』
そるとばたあ
(『ダイダラボッチ伝説』(茨城))
坂にあるアパート『坂の途中荘』。ここに住んでいるのは大学生のぼくと口のうるさい羽賀さんの二人だけ。空想好きのぼくの朝はいつものルーティンから始まり、平和な時間が流れていた。ある朝、朝食用の食パンが何者かにかじられているのを発見。ねずみだと騒いでいたぼくの目の前に現れたのは……。
『甘露の泉』
潮路奈和
(『椎葉村平家落人伝説』(宮崎県椎葉村))
仕事で人を傷つけた滝沢はやる気を無くし、リモートワーク事業調査を口実に過疎地域に飛ばされる。希望も何もなくなった滝沢は赴任先で造り酒屋の跡継ぎ娘、楓と出会う。東京の大学から戻り夢を追いかける楓に親近感と嫉妬を覚えながら惹かれていく滝沢。だが会社から楓の蔵への買収を打診されて…
『再×n配達』
秦大地
(『走れメロス』)
津島はAmazonで購入したモバイルバッテリーを何度も受け取り損ね、再配達の依頼を繰り返していた。保管期間の最終日、飲み会に参加した津島は、乗り過ごして降りた駅から家まで走って帰る。もう配達員に無駄足を踏ませてはならない。今日受け取らなければ返送されてしまう。だから、走れ!
『歌舞伎町物語』
國分美幸
(『遠野物語 寒戸の婆』(岩手県遠野地方))
三月四日の早朝、歌舞伎町を着物姿で走る女がいた。女は男たちに追われおり、逃げ切るため、草履をある雑居ビルの前に置き「逃げきれたら迎えにいくから」とまじないをかけ、歌舞伎町から消えた。
そして、三十年後の三月四日早朝に、再び歌舞伎町に女が現れた。
『白蝶』
木戸流樹
(『鶴の恩返し』)
バレリーナをしている主人公はオーディションを前にするも、役を取りにいく野心を失っていた。そんな中、公園で美しいモンシロチョウが蜘蛛の巣に捕まっているのを見つけ、助ける。ある日の夜、再び公園に行くと飛ぶのが得意な青年と出会い、バレエの楽しさを思い出していく。