小説

『チェロの糸』伊藤東京(『蜘蛛の糸』(芥川龍之介))

 その筆箱を授業の時に開けたら、中に入っていた全ての鉛筆の芯が折れていた。デッサンに使う鉛筆は広い面を一気に均一に塗れるように芯が長く削られているので、一、二本なら不思議じゃない。けれど全ての鉛筆となると誰かが故意に折ったとしか思えなかった。私はカッターを使って鉛筆を削り、何もなかったかのように装って、そのままデッサンを始めた。
 それからも可笑しなことは続いた。スケッチブックが破られていたり、数学や国語の教科書がなくなったりした。学校の教員にそのことを相談しても状況は変わらなかった。
 ある時、学校から帰り、自分の部屋の扉を開けると兄が私のスケッチブックを片手に立っていた。
「え、何してるの?」
 兄は黙って不機嫌そうな顔をして、持っていた私のスケッチブックを四つ折りにした。
「ちょっと!何なに、やめて!」
 私は慌てて兄の腕を掴むが、兄はそれを振りほどいてスケッチブックだったものを部屋の角に投げた。
「なんでそういうことするの?!」
 私が声を荒げた途端、兄は私の頬を強く叩いた。電気のように頬に痛みが走り、反射的に両手で頬を抑えた。
「お前むかつくんだよ。毎日絵ばっか描いて呑気にしてて。いいよな才能があるやつは。」

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