小説

『伊勢志摩の人魚』伊藤東京(『人魚姫』)

「そうだよ。皆、美波の為を思って言っただけだよ。」隣に座っている姉は私の背中をさする。
「お前が幸せなら、何だっていいんだぞ。そんなこと気にするな。」
「うん。ごめん。」
「ごめんじゃなくて、ありがとうって言いな。」と母が私の手をもう片方の手でさすってくれる。
「うん。ありがとう。」
 その夜、私は夢を見た。私は海の中から、水面に浮かんでいる船に忍び込む。まるでおとぎ話に出てくるような、西洋の立派な木製の船だ。夜だけど強い月明かりのおかげで辺りがよく見えた。その時、自分のヒレが足になっていることに気付いた。船の中に入ると天蓋付きの豪華なベットがあって、そこには私が眠っている。
 これは海に潜ることを愛する私だ。私の自己中心的な気持ちだ。
 その時初めて、私はナイフを握っていることに気付く。
 きらりと光るナイフを、ベッドで横になっている自分に向って大きく掲げた時だった。
「美波!」
 外から姉の呼ぶ声が聞こえた。
 何をしようとしていたのか我に返って、ナイフを掲げるのをやめる。
「美波!」
 そうだ。何をしているのだろう。誰も私の気持ちを押し殺すことなんて望んでいない。それこそ自己中心的だ。
 私は部屋から出て水面を見渡すと、姉が手を振っているのを見つけた。私は姉に向って頷き、ナイフと共に海に飛び込んだ。

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