小説

『伊勢志摩の人魚』伊藤東京(『人魚姫』)

 その夢を見た後日、私は言われたように放課後、職員室にいた。
「美波さん、この前の進路のことだけど。どうするか決めた?」
「はい。やっぱり、海女になって家の旅館の手伝いをしようと思います。」
「そっか。わかりました。頑張ってね。」
「ありがとうございます。」
 
 この時から私の中の迷いは消え、海女漁にまた参加させてもらえることになった。あの時のベテラン海女は私の顔を見て、何かさっぱりしたね。と言った。
 海の中に飛び込むと、水中は今までで一番澄んでいた。海底の岩の様子もよく見える。私は他の海女と一緒に深く潜り、岩の割れ目を探した。
 どれが岩肌でどれが貝なのか、はっきりと区別がついた。あわび貝は私が思っていたよりずっと岩の隙間の奥、ぎりぎりのところに張り付いていて、少しでも動いたら貝が岩肌に当たって削れてしまうのではないかというところにあった。持っていたステンレス製の磯ノミをあわび貝と岩肌の間に慎重に差し込む。身を傷つけないように、てこの原理を使うと、ぽろりと貝が外れた。それを持って私は急いで水面に上がった。
「あわび採ったよ!」
 誰にともなく叫ぶと、皆がよくやったね。と喜んでくれた。
「独立もそう遠くないかもね!」あの時のベテラン海女が私に向ってそう叫んだ。
 立派な海女になるのが待ちきれない思いで、私の胸は弾けそうになる。
「私、いつか伊勢志摩の人魚になります!」そう言うと、皆が朗らかに笑った。
「頑張りな!」
「はい!」
 私はまた水中に潜った。

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