小説

『雪路の果てに』春比乃霞(『こんな晩、雪女、座敷わらし』(日本各地(こんな晩、雪女)、岩手県など(座敷わらし))

 翌日、ツユは高熱を出した。慣れないながらも藤夫が必死に看病すると、彼女は少しずつ良くなっていった。動けるようになってからは、今までのお礼にと家事や仕事の手伝いをしてくれた。
 春になる頃、ツユはすっかり元気になっていた。山桜の花びらが散るのを眺めて、藤夫は別れの時が近いか、と溜息をついた。
「藤夫さん」
 夕食後、ツユはあらたまった顔で藤夫に向かい合った。
 旅立ちの話だろう。
「どうか、この家に置いてください」
 意外な言葉に、藤夫は何も言えなかった。口を開かない彼に、ツユは不安そうな顔をしている。彼女を心配させるのはしのびなく「旅は、いいのか」とだけ、ようやっと言った。
「いいんです。もう」
 彼女は晴れやかな顔をしていた。
 何かあったのだろう。藤夫は詳しく聞かなかった。
「俺は、かまわないよ。不便なとこだが」
「よかった!」
 ツユの両目から、大粒の涙がこぼれた。
「な、泣くなよ」
 藤夫は慌てて手ぬぐいを差し出す。
「ほっとしてしまって」
 涙を拭きながら、彼女は笑った。
 藤夫もつられて笑う。
だが、同時に不安でもあった。自分が村人たちに嫌われていることを、彼女はまだ知らないだろう。自分の過去を知れば、気味悪く思うに違いない。
 いつか、別れの時がくるかもしれない。それでも、彼女と過ごせる時間が続くことに、胸が弾んだ。自分の正体を隠すことに罪悪を覚えながらも、感じたことのない幸福に視界が滲んだ。

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