小説

『雪路の果てに』春比乃霞(『こんな晩、雪女、座敷わらし』(日本各地(こんな晩、雪女)、岩手県など(座敷わらし))

 ツユはよく働いた。毎日の食事や掃除に加え、山菜やきのこを探してきたり、工夫した罠をしかけて魚をたくさんとってきたりする。中でも、炭を売りに町に行ってくれることが、藤夫にはありがたかった。
 彼は、炭を村へ売りに行くのが嫌いだった。生活必需品のため買ってくれるが、その間向けられる目線はきつい。子供はこちらを見ると一目散に逃げていく。歯を食いしばって、なんとか耐える時間だった。家に帰ってからも、しばらくは憂鬱な気分で過ごすことになる。
 しかしツユは明るく炭を売りに行く。最初は藤夫の女房もただ者ではないだろうと怪しんでいた人たちも、次第に打ち解けた。時には作物を分けてくれたり、祭りの餅を分けてくれたりした。
 嫌いだった村のことも、ツユの口から聞くと楽しい場所となる。その日あったことを、ツユは面白おかしく話してくれた。藤夫は、いつも声を上げて笑った。
 彼女の笑顔を、いつも見ていたいと思った。季節の花を、家に飾るようになった。ひそかにお金を貯め、山を越えたところにある町で、彼女に似合う着物を探してきた。
 彼女を思って歩くとき、彼女は隣にいないのに、まるで一緒にいるような気持ちになる。もっと、ツユを笑顔にできるものはないだろうか。これまで過ごしていた、死が訪れるまでを消化するだけの日々が嘘のようだった。
 ただ、一つだけ奇妙なことがあった。ツユは、尋常でないはやさで歳をとるのだ。藤夫には、一年で十歳ほど歳をとっているように見えた。彼女はすっかり年寄りになり、足腰もうまく立たなくなる。村人たちも、彼女の急速な老化を訝ったのか、以前のように交流はしなくなった。それでも、ツユは炭を売りに行った。藤夫が止めても、にっこりと笑うだけだった。
 六度目の冬を迎える頃、彼女は風邪をこじらせた。
 藤夫は、奥歯をぐっと噛みしめる。老体でこの冬をこえるのは厳しいだろう。自分に炭焼を教えてくれた爺さんが死んだのも、雪の降る日だった。
「白湯、飲むか」
「いいえ。それより、夜風に当たりたいです。体が火照っていて」
「体を冷やしたらダメだ。もっと具合が悪くなる」
「大丈夫です」

1 2 3 4 5 6 7