小説

『夢の潮合い』あやこあにぃ(『天女伝説』(静岡県三保の松原))

 気づけば、あの神社のところまで来ていた。天女は羽衣を強引にぐるぐると大和の首に巻き付けた。そして、日に焼けた手をぽんと大和の頭に置き、目を覗き込む。
「あとは頼んだ。願いは叶えたからな」
「へ?」
 目を丸くしている大和を残し、一人鳥居をくぐって、こちらを振り返り、じゃ、と手を上げる。
 そして次に瞬きした瞬間には、天女の姿はもうどこにもなかったのだった。

 ハッと我に帰ると、松林の神社の前だった。
 足元で、落葉したクロマツの松葉がさくっと音を立てる。そろそろまた松葉かきが必要そうだな、なんて思うのは、職業病だろうか。
 あれから、松に興味を持った大和は、火がついたように勉学に励んだ。国立大学の農学部に進学を決め、卒業後は樹木医の資格を取った。それから地元に戻り、今では松林を守る活動に加わっている。
 海岸に目をやれば、神社の氏子たちが忙しそうに立ち働いている。二月十四日。ちょうど十年前の今日、天女に出会った不思議なあの日が、自分の人生を変えた。
 そう、「天女」は願い通り、退屈な人生を終わらせてくれたのだ。
「先生―! 一色先生―!!」
 顔を上げれば、血相を変えた助手が、松林の中をこちらに走ってくるところだった。
「どこに行ってたんですか、先生……! 心配しましたよ、急にいなくなるから神隠しかと思いました」
「すまん」
「気をつけてくださいよ、特に今日は、異世界への扉が開く神事の日なんですから……。あ、ちなみにあっちは薬剤注入終わりました」
「了解」
「だいぶ松枯れ被害も少なくなってきましたけど、油断は禁物ですね」
 ふと助手が、大和の首元を見て「あれ?」という顔になった。

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