小説

『夢の潮合い』あやこあにぃ(『天女伝説』(静岡県三保の松原))

 風はないが、じっとしていると体が冷えてくる。吐く息が白い。両手はパーカーのポケットにしっかりと突っ込む。松一本ぶん隔てた向こうは海だ。
「寒いな。ちょっと歩くか」
 おにぎりを食べ終わった天女が、羽衣を手にさっと立ち上がる。まるで自分の庭のように歩き出すので、慌ててついていく。
「ほら」
 数分歩いたところで天女が指差す先には、葉が茶色くなった松の木が立っていた。
「あれが松枯れ」
 見渡すと、松林の中にはところどころ同じような松が立っている。
「あれも?」
 指差して尋ねると、天女はそうだと頷いた。少し興味が湧いて、大和は天女に聞いた。
「なんなの、松枯れって。治るの?」
「いや」
 首を横に振って、天女は遠い目をした。
「松枯れは、小さな線虫が木の中で増殖して、水を吸い上げられなくなった松が枯れる病気だ。一度枯れると治らないどころか、夏になると、線虫はカミキリムシに寄生して、松林中に広がる」
「大変じゃん」
「大変だよ。だから枯れた松はカミキリの動きが活発になる前に伐る必要がある」
 茶色くなった松に近づくと、『枯れ松伐採作業のお知らせ ◯月◯日伐採予定』という紙が幹に貼り付けられていた。末尾には、市役所の環境課の名前と、委託業者の担当者名が記されている。
「この貼り紙にしろ、松葉かきのボランティアにしろ、松林を気にかけて守っている人たちがいるんだ」
「まつばかき」
「落葉した松の葉で地面が栄養過多にならないように、松葉を拾い集めんの。ホラ、あの人たち」

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