小説

『夢の潮合い』あやこあにぃ(『天女伝説』(静岡県三保の松原))

 咄嗟に大和は、マフラーに駆け寄った。手に取ってみると、実になめらかな肌触りだ。
「あの!」
 去っていく男の後ろ姿に向かって叫ぶ。男が振り返る。落としましたよ、そう言おうとしたのに二の句が継げなかった。驚きの原因は、相手の顔だった。男は、なんだか妙に、自分に似ていたのである。自身とは違って、色黒かつ筋肉質で、その表情は大人びてはいるが。
 相手も目を見開いたまま、しばらく動かなかった。が、急になにかを思い出したような悟ったような表情になって指をさす。
「ありがとう」
 男の人差し指がさす先には、大和の手に握られたマフラーがあった。
「羽衣、を落とすと、危うく天界に帰れないところだった……」
「ハゴロモ?」
「そう」
 男は大きく頷いて、
「俺……、天女なんだよね」
 と言った。
「テンニョ」
 神社を取り囲む松の防風林の中では、ボランティアらしき年配の男女が五人ほど、熊手片手にせっせとゴミ拾いをしているのが見える。助けてー! 不審者ですー! と、彼らに助けを求めようかと思ったが、社の前の自分とボランティアたちの間には自称天女が立ちはだかっている。だから大和は、いっそ諦めて言いたいことを言うことにした。
「天女ってなに。あんたどう見ても男じゃん」
「今時の天女は男でもなれるの。このご時世に男だ女だと狭い了見でモノを見るんじゃないよ、大和クン」

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