小説

『夢の潮合い』あやこあにぃ(『天女伝説』(静岡県三保の松原))

 天女が指した方向には、さっきも目にした熊手を持った男女。ゴミ拾いじゃなかったのかと大和はまじまじと彼らの後ろ姿を眺めた。
「あとはネットで調べてくれ。松枯れは百年以上も前から日本中で起こっていることなんだからさ。多くの人が気に留めないだけで」
 ま、やっぱり興味ないんだろうけど、などと言われ、なんだか悔しくなってスマホをタップする。『松枯れ』で調べると、検索結果に環境省やいろいろな県のページ、論文らしきものがたくさんヒットした。
『松枯れが日本ではじめて報告されたのは、1905年、長崎県——』
「そんなに前から……?」
「人間ってほんと、自然とか、自分の生活に関係のない部分には関心ないよな」
 天女がぽつり呟く。スマホの画面から顔を上げると、憐れむような瞳と目が合った。
「こうやって、意識の外で消えていく自然がどんなにたくさんあることか」
 なるほどそれは、恐ろしくもったいないことのように思えた。
 思わず、枯れ松を見上げる。茶色い葉の向こうの空は、皮肉なまでに青い。
「神頼みもいいけどなあ。結局、自分を満足させるのは自分自身なんだよ」
 天女が、しみじみとした口調で言う。
 お前が言うのかとかなんとか。言いたいことはいっぱいあったけれど。
「うん」
 気づけば大和は、深く頷いていた。聞き分けがいいなと天女が口角を上げる。
「ご褒美に、これお前にやるわ」
「え」
 天女が勢いよくマフラーを差し出したので、大和はのけぞった。
「羽衣がないと帰れないんじゃないのかよ」
「うん、まあ」
 天女は言葉を濁して、
「なんとかなるでしょ」
「なんとかって」
 海から一段と強い風が吹き、周りの松林がごうと揺れた。

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