小説

『ゼペット爺さん殺人事件』五条紀夫(『ピノッキオの冒険』)

「ぼくはお爺さんの息子です」
 瞬間、彼の鼻が勢いよく伸びてケイジの左頬をかすめた。背後からガツンッという硬い音がする。伸びた鼻が壁に突き刺さった音だ。
 呆気にとられていると、ノキオの鼻はシュルシュルと短くなっていった。少し遅れてケイジの左頬から血が流れ出る。
「ノ、ノキオ君? いまのは?」
「ああ、ごめんなさい。ぼく、実は嘘をつくと鼻が伸びてしまうんです」
「なにそれ?」
「そういう、体質?」
「いや、聞かれても困るよ」
「ですよね」
 ノキオは自身の後頭部を撫でながら笑っている。
 ケイジはハンカチで血を拭い、気を取り直して尋ねた。
「とりあえずノキオ君。君は嘘をついたんだね?」
「いいえ」
 再びノキオの鼻が伸びる。それはケイジの右頬をかすめた。
「ちょ、ちょっと待って。なんでまた嘘をついたの!」
「体質?」
「だから聞かれても困るよ!」
「ですよね」
 慌てるケイジをよそにノキオは相変わらず笑っている。
 わざと鼻を伸ばしているのだろうか、と疑念が湧く。いずれにしろノキオが危険な存在であることに変わりはない。彼の勢いよく伸びる鼻が直撃すれば、ただでは済まないだろう。それこそ被害者と同じ末路を迎えかねない。
「もしかしてなんだけどさ、君が」
 そこまで言ってケイジは続く言葉を飲み込んだ。君が殺したのではないか。そんなことを尋ねれば、再び、いいえ、と言われて鼻が襲い掛かってくる可能性がある。慎重に質問をしなければならない。
「刑事さん、どうかしました?」
「いや、なんでもない。あ、そうだ、被害者との関係を聞いていなかったね」
「ぼくはお爺さんの息子のような存在です」
 セーフ。鼻は伸びない。緊張しながら更に問う。
「息子のようなってことは、お爺さんが君を作ったのかな?」
「はい、そうです」
 これも、セーフだ。次はもう少し突っ込んだ質問をしてみよう。
「君は、お爺さんのことを、どう思っていた?」
「ぼくはお爺さんが大好きです」

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