小説

『ゼペット爺さん殺人事件』五条紀夫(『ピノッキオの冒険』)

 東京郊外の民家にて一人の老人が殺害された。就寝中に鋭い凶器で胸を一突きされたことによる失血死だった。室内に荒らされた様子はなく、怨恨による犯行との見方が強い。しかし犯人を示す物証は何もなかった。唯一の手掛かりは一人の、いや、一体の、木の人形のみ。
 そこで主人公が登場する。名はケイジ。あらゆる難事件を解決してきた敏腕捜査官という設定。ケイジは入室すると同時にパイプ椅子に腰を掛け、手元の書類と対面に座る人影を交互に見つめた。
「えーと、君が現場に居合わせた、その、アレ?」
 ケイジの問いに人影が返事をする。
「はい。アレですね」
 ここは取調室。ケイジの対面には木の人形が座っていた。
 なぜ人形が口を利けるのか疑問は残るものの、これは仕事、速やかに尋問をしなければならない。ケイジは一つ咳払いをし、書類に視線を落とした。
「名前は、ピ・ノキオで良いのかな?」
「いえ、ただのピノキオです」
「タダノピ・ノキオ?」
「あ、じゃあ、それで良いです」
 そう言ってノキオが笑顔を作ると、その鼻が微かに伸びた。
 ケイジは目を擦り、改めてノキオの顔を観察した。鼻は、短くなっている。気のせいに違いない。そう考え、尋問を続けることにする。
「さっそくだけど、発見当時のことを教えて貰える?」
「はい。あれは今朝のことです……」
 現場は十平米ほどの寝室。被害者のベッドとノキオのベッドが並んで置かれているだけの小さな部屋だ。今日の朝、ノキオが目を覚ますと、目の前のベッドの上に胸から血を流す老人の姿があったのだそうだ。
「家の鍵は?」
「掛かっていました」
「就寝中に物音などは?」
「記憶にないです」
「でも、すぐ隣で亡くなっていたんだよね?」
「ベッドとベッドの距離は一メートルも離れていないですね」
 ケイジは腕を組んで唸り声をあげた。
 これは密室殺人だろうか。そうでなければ。
「あのさ、ノキオ君。君と被害者は一体どういう関係なの?」
 そう尋ねると、ノキオが即答した。

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