小説

『この世でいちばん』霜月透子(『白雪姫』)

 芝生の緑が鮮やかな公園は、家族連れで賑わっている。私は木陰に広げたレジャーシートに腰を下ろした。太い幹に背を預けると、心なしかひんやりとした。
「ママー。取ってー」
 娘の声と同時に赤いゴムボールが転がってきた。
 拾い上げて投げ返したボールは娘の頭上を越えてしまった。
「ごめんねー」
 きゃあ、と娘が笑う。ボールはその先にいる夫の手におさまった。夫のそばに駆け寄る娘を見届けて、私は再び木陰に腰を下ろす。

 暖かな日差しのもとでたくさんの親子が笑っている。穏やかに語り合うカップルやひとり静かに絵を描いている人もいるけれど、目に映るほとんどが家族連れだった。
 日の当たる場所ではみんな笑顔だけど、屋根の下でも変わらないのだろうか。きっと変わらないのだろう。そう思うのが当然だ。我が家もそう思われていた。
 母と私。仲のいい美人親子。

 
 幼いころから母ひとり子ひとりで、仲はよかった。
 母は美しく優しかった。間違いを正されるときも叱られたことはなかった。
「雪子。どうしてこうしようと思ったの?」
 と私なりの理由を確かめた上で、丁寧に穏やかに教えられた。
 母と同じように髪を整えてくれるのも嬉しかった。祖母から譲り受けたという鏡台の前に私を座らせ、母は背後から髪を梳いてくれ、様々な髪型に整えてくれたものだ。
「雪子の髪は真っ直ぐでつやつやね。私の子どものころにそっくりだわ」
 顔立ちも似ていた私たちは、近所の人や同級生の親などからよく美人親子と称された。私は私自身の美醜については判断がつかなかったが、母と似ていると言われるのは誇らしかった。

 私が小学五年生のとき、母は再婚した。相手は、真顔さえも笑顔に見えるような人だった。実の父を知らない私にとって、初めての父だった。
 父は母の連れ子である私のこともとてもかわいがってくれて、私もすぐ父に慣れた。母と同じくらい父のことが誇らしく、好きだった。
 まるで今まで親子でいられなかった時間を埋めるかのように私たちは親しんだ。もちろんそれはまごうことなき純粋な親子の情であるにきまっているのだが、母はそうは思わなかった。あるいは、わかってはいても受け入れられなかったのかもしれない。
 それでも普段の暮らしの中で、母がその醜い感情をあらわすことはなかった。そんな面を見せてしまったら、父からの好意が薄れることは容易に想像できたからだろう。

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