ただ、二人きりのときは感情を剥き出しにするようになっていた。
「あの人は私の夫として一緒になったの。あなたの父親になるためじゃない。ましてやあなたの恋人なんかじゃないのよ」
「そんなこと思ってないよ。お父さんはお父さんだよ」
いくら否定しても母の疑念は晴れなかった。
それでも小学生のうちはまだよかったのだ。
中学生になると、私はますます母に似てきた。ふと鏡に映った自分の姿を見てはっとするほどに。
そんな私を見て、父は「かわいいお姫さま」と呼ぶようになっていた。元来子ども好きであったのだろうが、大好きな母に似てくる娘ということが愛おしかったのだろう。父から私への愛情は、根底に母への愛があってこそだと感じていた。だが、母はそれに気づかなかったのか、気づいていながらもおもしろくなかったのだと思う。
私は変わらず父のことが好きだったし、母を憎むこともなかったが、居心地が悪いのは否めない。母に当たられないよう、父から失望されるよう、私は家を空けることが増えていった。
しかし、制服のままあてもなく彷徨っていると、好ましくない雰囲気の大人から声をかけられることも多かった。そこで私は繁華街を避け、日が落ちてからはひとけのない場所も避けることにした。
最終的に落ち着いたのは、広い公園の一角だった。奥の方はさすがに暗く寂しいが、入り口付近は大通りに面していて人通りもあったし、公園内をジョギングする人や犬の散歩をする人もいた。
私は木製のベンチとテーブルが並ぶエリアで宿題をしたり読書をしたりして過ごした。私に気づく人もいたけれど、ジョギングや散歩をやめて声をかけてくるほどの興味は抱かれなかった。
ただ、いつも隣のテーブルでスケッチブックを広げている青年だけが、気にかけてくれた。
「あのさ、女の子が一人でいるのは危ないと思うんだ。もしよかったら、ここにいる間だけ、僕と知り合いの振りをするのはどうかな?」
まさか話しかけてくる人がいるとは思わなかったので戸惑っていると、青年は急におどおどし始めた。
「あ、いや、こんなこと提案する僕こそ危ないよね。突然ごめんね。あ、怖い? 怖いよね? 僕、どっか他の場所に行った方がいいかな?」
私は思わず吹き出した。青年もつられたように笑顔を見せる。その笑顔がちょっと父に似ていた。
「じゃあ、名前を教えてもらってもいいですか?」
「う、うん。いいよ。もちろん。その方が安心だね。しっかりしてるね。あ、そっか、名前だね。僕は森七郎っていうんだ」
私は生徒手帳のメモページにその名を記した。
「私は白井雪子です。森さんの名前がわかるものを家に置いておきます。私になにかあったら、両親が通報すると思うので、これで大丈夫です」
「雪子ちゃん、本当にしっかりしてるね」
森さんは心底おもしろそうに笑った。