小説

『小さな世界の姫と太郎』春野萌(『浦島太郎』『かぐや姫』)

 ピロン、と机の上のスマホが鳴る。今中高生に人気のSNSアプリ「玉手箱」がメッセージを受信した音だ。
 「from:愛都(おと)」の文字にカッと込み上げてくるものがあった。急いでスマホの電源を切り、手元にあった本を開いて読書の世界へ逃避することにした。
 私―浦縞子(うらしまこ)―は絶賛引きこもり中である。
事の発端は4月の中頃、クラス替えによって分解された人間関係がようやく固まり始めていた時期のことだった。

「亀ちゃんってウザくない?」
 わざと教室中に聞こえるよう言い放った愛都は、学年の中でも何かと目立つ存在だ。アイドルのような可愛らしい顔立ちに強気な性格はよく目を引き、本人もそれを自覚しているのかいつも自信で溢れているように見えた。
 愛都は亀ちゃんが風邪で学校を休んだ日、ここぞとばかり不満を口にした。彼女の取り巻きも次々と同調して場はどんどん過熱していく。
「勝手にうち達についてくるしヘラヘラ笑ってんのがキモいんだよね」
「それな。あとさぁ、なんかクサイんだよね」
「分かるー! 私も無理すぎて息止めてるもん」
 だいたい悪口を言う子は面と向かって言うことをしない。陰でひっそりと投げ入れられた石は瞬く間に波紋となって広がり、本人が気付く頃にはすっかり手遅れなのだ。

 風邪から復帰してそうそうグループからはじき出された亀ちゃんは途方に暮れていた。それをみんな気の毒そうに見ていたけれど、女の子達にとって仲良しグループの中に新しい子を入れるのはとてもリスキーなことだった。だから亀ちゃんが近づけばあからさまに距離をとって亀ちゃんはますます泣きそうな顔をした。
 私はそういうのを流せない性格だった。「仲間外れは良くないです」と言われれば真面目に受け取ったし、それを犯すことは大罪のように思えた。幸い私は仲良しグループにも執着がなかったので簡単にグループを抜けることができた。
「理科室、一緒に行く?」と声をかけると、亀ちゃんは心底ほっとしたように笑った。こうしてクラスの人間関係は安定し平穏が訪れたはずだった。

 ある日登校すると靴箱にあるべきはずの上履きがなかった。誰かが間違えたのかと思い、来賓用のスリッパを借りて教室へ向かうと、愛都の大きな声がよく聞こえた。
「縞子ってギゼンシャだよね。うちらのことを悪者にして陰口言ってたんでしょ」
 ムカつく、と同調する取り巻きにぎこちなく笑う亀ちゃんの姿を見つけた時、苛立ちよりも情けなさが勝って何も言葉が出てこなかった。
 消えた上履きは、もしかしたら本当に誰かが間違えて履いていったのかもしれないけれど、スリッパで立ち尽くす私はとてもまぬけでみじめに思えた。

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