小説

『ミライちゃん』柿沼雅美(『キューピー』)

「まぁねぇ、なんか動いちゃいけないとかでも適度に動かなきゃいけないとか、体重増えすぎないようにとか、いろいろカラダでやると大変らしいね。一部の宗教的な人たちだけがやることだけど、怖そうだしリスクありそうだよね」
 それは確かに、と私も頷いた。
 キスやらセックスやら時間をかけて、吐き気まで催して10カ月近くお腹をパンパンにするまで体内で生物を育てるなんて狂気の沙汰だと思う。自分の股から血が止まらなくなるのを想像して、鳥肌が立ってしまう。
「実はさ…」
 絵美子が鳥肌を撫でている私に目を合わせて真剣な表情になる。
「なになに? 悩み事? 言いなよー」
 亜沙子がたたみかける。絵美子は、えっと、うん、えーっとね、ともったいぶる。
「ミライのこと?」
 私が言うと、うん、と言って話だした。
「たまたまなんだけど、全然違うとは思うんだけどさ」
 もやもやとさせる絵美子に亜沙子が、もーなにーまじで、と声を大にする。
「あのね、ニュースで出てたメモ書きの頭の文字をつなげるとさ、地名になるの気づいた?」
「え?」
 私は思ってもないことに、聞き返した。
「えーなにそれ、めちゃ興味あるー! じゃあミライはその地名のところにいるってことじゃん」
「どこどこ? 近く? 行けそうなとこ?」
「うん、マイテン区域だと思う」
 絵美子が言うと、亜沙子は、あぁー、と一瞬止まった。
 マイテン区域は、危険物質が放出されているという名目であまり人が近づくことのない区域になっている。バスに乗って、ちょっと歩けば誰でも入ることができるけれど、人体に有害な物質が放出されているのに政府は、直ちに影響はない、と言って自然公園のような位置づけにしている。公園というのに行ったことのある人は聞いたことがない。
「そこって今野生動物だらけなんでしょ?」
 亜沙子が言うと、そうそう、と絵美子が続ける。
「人間には有害でも動物は知ったこっちゃないみたいで繁殖してるみたい。むしろ人間がいないから動物王国みたいな感じで、新種の動物とか、私たちが知ってる動物でもたとえば犬とかでも大きく育ってるんだって」
「マジか。動物にとっては人間がいないのも天国って感じかもね」
 あそこは普通に一軒家や畑があったり、昔は電車が通っていたり、商業施設もあったはずだ。そこに人間がひとりもいなくて動物だらけって想像しただけで不自然で怖くなってくる。

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