小説

『枯れ木に花を』ウダ・タマキ(『花咲かじいさん』)

 今日は一日中晴天に恵まれるでしょう。絶好の行楽日和となり、各地では混雑が予想されます-

 AMラジオの単調な音声。色褪せた畳とヤニに黄ばんだ襖、薄っぺらい湿っぽい布団へと静かに吸い込まれてゆく。閉ざされたカーテンの隙間から漏れる黄色い陽射しが、和室に対角線状の細い線を引く。覗き見る空は、大きくて、青い。
 晴天の空の下に響き渡るは、賑やかな声、駆ける足音、そして、甲高い犬の鳴き声。どうやら、今日は日曜日らしい。今の私に日付や曜日を意識させるのは、二週間に一度、火曜の内科受診日のみである。それ以外は、毎日が日曜日だ。何一つとして楽しみの存在しない、平凡な日曜日。

「おい、恵美子。黙って笑ってんと、なんとか言うてみろ。世間一般、ホンマは女が長生きするんちゃうんかいな」

 仏壇に飾られた恵美子の写真は、私の感情を映すことなく、いつも笑っている。じめっとした薄暗い部屋には勿体ないくらい、晴れやかな笑顔が写真の中に浮かぶ。
「あー」
 私は畳の上に大の字になり、天井を見つめた。ラジオからは感情の伴わない声が、一人暮らしの高齢者を狙う詐欺事件のニュースを伝える。
 超高齢社会の我が国に起きている『社会的孤立』という課題が、ここに存在する。その隣には幸せを象徴するような、仲睦まじく三世代が暮らす家族の風景がある。最近飼い始めたペットの白い小型犬は、輝く瞳を携えこんな隣人にさえ愛嬌を振りまいてくれる。羨ましさよりも我が晩年の虚しさが勝る。
 若い頃、昼間から酒を煽る輩を見ると、吐き気がするくらいの嫌悪感を抱いた。悲しいかな、今となってはその気持ちが痛いほど分かる。日々、することがない。健康を気にする必要がない。何より酒に酔って現実から逃げてしまいたい。だから私は昼間から酒を煽る。特にこんなにも天気が良く、楽しげな気配が漂う日には、酒が進み、酔いがまわる。
 天井にぶら下がる電気の紐が、僅かな風に小さな円を描いて揺れている。それはまるで催眠術のように、ゆっくりと私を眠りの世界へと誘うのだった。

 美しい緑が広がる草原。私の前方には、綺麗な毛並みをした白い犬がキャンキャンと吠えながら、その短い前足を懸命に動かし、地面を掘り起こそうとしている。が、毟り取られた草の緑が細かく舞うだけで、地面はびくともしない。それでも白い犬は鳴き続け、そして、必死に掘り続ける。
 何が埋まっているのかと、私はそちらに歩みを進めようとした。しかし、どうやら随分と酔っ払っているようで、足がもつれて転んでしまう。立ち上がり、再び歩き始めても、やはり転ぶ。それでも痛みは感じない。ただ、衝撃だけが走る。そして、ついに四度目の転倒をした時、目覚めが訪れた。
 夢と現実がリンクしていることは決して珍しくない。さっきと同じ犬の鳴き声が隣家から聞こえてくる。私はゆっくりと体を起こした。頭が重い。硬い畳の上で伸びた腰が痛い。もつれそうな足を引きずりながら窓枠を伝い歩き、外に目をやった。陽射しに少し目が眩んだ。

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