小説

『ミライちゃん』柿沼雅美(『キューピー』)

 1年前、アメリカ生まれのミライが消えたと、大騒ぎになった。まさか政府用の飛行機に忍び込んだだとか、船の荷物の中に体を押し込めたとか、いろいろな話があった。
 もしかしたら国外に出た可能性があるという報道が今更になって出てきて、急にまたミライの事件が注目されるようになった。
「信じられる? ミライってちょっと先をいく考え方だなって思ってたけど、よく考えてみたら全部一昔前の考え方だなってやっと分かったわ」
 2メートル先の左の席で絵美子が制服の袖を爪でいじりながら言う。
「でも新しく感じたのは確かじゃん、ボックスロゴのTシャツとかフレアパンツとか私服おしゃれだったし」
 ギリギリ2メートルの距離を保って亜沙子が言う。
「私もおしゃれだとは思ったけどなー」
 最近そばに人が来ないので自分の声が大きくなったなと改めて思う。
「だって知ってる? 行方不明になった時にミライの部屋から見つかったメモに書いてあったこと」
「あ、なんかニュースで出ちゃってたね。なんか悪いことすると秘密が公表されちゃうみたいのツラみ」
 ニュースでミライのSNSの自撮り写真と一緒に、メモ書きが見つかって、ワイドショーやネットニュースで内容が流されていたのを思い出した。
「あれでしょ? 海外にも行きたいし、マスク外して紫のリップ塗りたいし、恋愛相手くらいは自分で見つけてキスもセックスもしたいってやつ」
「ぶっちゃけちょっとひいたよね」
「新しいよね」
「いやだからそれが新しくないんだってば! 私たちの親より前の世代はそうだったんだって私聞いたもん。マスクなんて花粉症くらいの人しかつけないし、海外にもお金があれば行けたし、子供つくるつくらないに限らずに恋人同士はハグしたりキスしたりセックスしたりが当たり前だったんだって」
 へぇ、と私と絵美子が返す。
「だからミライの理想はもう終わった過去なの。昔々の話なわけ」
「SNSでは新しい思想のミューズみたいに言われてたけど実際は昔の話を言ってただけなわけだし、だいいちさ、キスとかセックスするより今のほうがずっと合理的だと思うけど。ウイルス感染しちゃうじゃんね。恋愛だって全国民登録のアプリで相性が良い男子を自動で選んで会うようにお知らせしてくれるわけだし、子供だってイチャイチャ機関に行けば精子も卵子も採ってガラスボールの中で受精してくれるわけだしさ、ボールの中で安定して育ったほうが子供も安心じゃんね?」

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