小説

『ミライちゃん』柿沼雅美(『キューピー』)

 歩いてみると植物園のようで、見たことのない大きな花びらの花とか、ひょうたんみたいな草とか、ダージリンの匂いのする木々が自由に生えまくっている。道はないけれどなんとなく歩ける地面が一本伸びていて、歩いていくと不自然に整えられた道が左側に見えた。進んでみると途中からブルーシートが敷かれている。その上を、シュリシュリと音を立てながら歩く。たまに雨だまりがあって靴下が濡れた。
 昼間だからか木漏れ日に包まれるようで、怖さよりも気持ちよさが増してきた。ブルーシートはレッドカーペットのように先へ先へ行く場所を示し、30分ほど歩き続けていくと、木造の1階部分しかない家が見えてきた。
 きっとミライだ、となんとなく分かった。
 家の前で、チャイムを鳴らす。1回では反応がなくて、3回目でやっと玄関が開いた。インターフォンとかないのかなとセキュリティに不安になってしまう。
「え!マジで!どうして!」
 少ししか開いていなかったドアがバッと開いて、ミライが駆けだしてきた。マジでえええええ! と叫びながら私に抱きついてきて、思わず身を引いてしまう。
「あ、ごめんごめん。ハグの文化は消滅したんだったね」
 ウイルスがうつりやすいから、という理由だけれど、生まれてはじめて友達の体温を感じてたまらない感覚になって、私は手を伸ばして、指でミライの手の甲に触れた。握手握手と言って、ミライは手を握ってくれる。歴史的瞬間という映像を見たときに知った昔の挨拶の行為が素敵なもののように思える。
 入って入って、と言って家の中に案内されると、リビングと部屋の奥に畳のスペースがあって、そこに赤ちゃんが寝かされていた。
 え、と思っていると、ようこそようこそ、と私たちよりも10歳くらい年上の男性が出てきてびっくりする。
 固まってしまった私に、ミライは笑顔で紹介するね、っていうかちゃんと話さないとね、と言った。
「ここは私と彼の家なの。厳密には、あと数人いる。みんながLGBTとか言ってる子たちだけどなにも特別なことはないよ。あそこで眠っている赤ちゃんは私と彼の子なの。国民的アプリとは違って、彼とは出会ってから何度も自分の生い立ちや考え方やこれからのことを話合って付き合って、もちろんキスしたりハグしたりセックスして生んだんだ」
「まだ17なのに?」
「そうだね、そう思うよね。でもさ、おかしいって思うの。たとえば30歳とか40歳になって子供がいなかったら残念って思われるのに、どうして10代じゃお祝してもらえないの? ウイルスのことがあるから、キスもハグもセックスもしないのが当たり前になったけれど、好きな人や大切な人に触れたいとか近づきたいって思うのはダメなことなの?」
「うーん」
 決まりだから、としか言いようがない。
「それに、恋愛の相手は年の差があったって同姓だっていいはずでしょ? いまみたいに子供を技術でつくれるならなおさら、そう思わない?」
「うーん」
 決まりだから、という決まりは一体いつ誰が決めたものだったんだろう。
「ごめんごめん、久しぶりに友達に会ったから嬉しくて言いたいことばっかり言っちゃった。ごめんね。お茶、これ美味しいから飲んで」

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