小説

『ミライちゃん』柿沼雅美(『キューピー』)

 ミライの彼が運んでくれたお茶は、香りがマスカットなのに透明で不思議なものに見える。これは、このあたりの植物だったら有害ではないのだろうか、と一瞬考えたけれど一口飲むとさわやかでとてもおいしかった。自然の味がした。
 家の中を見回すと、白い食器や木の木目が見える家具、奥のほうにはベッド、シンプルだけどとても居心地がいい。ディスプレイやパネルや電子音のない環境は初めてだった。
 幸せそう、と思ってしまった。
 何もないように見えるのに、全然近代的じゃないのに、時間の流れがおだやかで家の中なのに風が通って、気持ちがよかった。ミライも彼もマスクをしていないから笑うとすぐに分かるし、声も控えめで心地よい。
 私が、すごくいいところ、と家の壁や床を触ると、ミライは、嬉しい!と言ってガラス戸を開けてくれた。大きいとは言えない庭だけど、黄色やオレンジ色の花が植えられていてかわいかった。
 サンダルを借りて庭に出ると、急に雲が陰ったように暗くなり、見上げると、2階までありそうな大きさの猫がこっちへ向かってきていた。
 絶句してしまう私に、ミライは、この地域の守り猫だよ、よく来るの、となんてことないように猫に手を振った。巨大猫はミャオ~とミライに返事をするように鳴く。
 巨大猫の右足があげられ、興味津々に私の頭を、つん、つん、と撫でた。

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