小説

『マスク売りのおっさん』室市雅則(『マッチ売りの少女』)

 メリークリスマスク!
 いくら浮き足立つクリスマスイブだって、こんなコピーに惹かれるバカはいない。
 そりゃそうだ。
 高級ブランドや有名メーカ製でもないただの不織布のマスクを『お、こりゃ良いところにマスクが売っているね。ちょっと家内のクリスマスプレゼントに』となる酔狂な人はいないだろう。
 わざわざ、どうして、よりによってクリスマスイブに『在庫を一つでも減らして来い』と、進化の途中のようなツラをした我が課長は命じるのだろう。 
 バカかよ。バカなんだよ。俺、普段、経理だよ。接客なんてバイトですらしたことない。
 情報に踊らされてマスクを発注して、納品された時には、もう世間には行き渡っていたじゃねえか。変な考えで儲けようとするからバチが当たったんだ。おはちが俺に回って来たのは想定外だけど。
 ああ、俺だって、もうすぐ四十だぜ。歯並びは綺麗だねって褒められるけど、頭頂部は寂しくなってきたのを坊主頭にして誤魔化して、刻一刻とおっさんになっているのに、一向に彼女のかの字もできる気配もねえ。だから、クリスマスイブでも空いているだろうって白羽の矢を立てられるんだよ。
 こんな会社辞めてえ。
 でも、この年齢だし、一芸があるわけでもなくて、手に技術があるわけでもないから、転職は難しそうだし、壁の薄いアパートの家賃は支払わなくちゃいけないし、今日くらいはコンビニで良いからチキンを買いてえ。だから、売れねえと思いながらも業務ってことで、駅前に立っているのだ。
 近くにドラッグストアがない駅ってことで、ここが選ばれたのだけど、ドラッグストアどころかコンビニもないし、目の前はロータリィになっていて、人も全然歩いていない。その代わり、植え込みの少し向こうで、アップリケがやけにでかいスウェット姿の若者たちが集まっている。頼むから、俺には構わずドンキとかに行ってくれよ。

 マスクの量は、段ボール二つ分、五十枚入の箱を二百箱。売れた数、二箱。
 もう夜だぜ。
 一箱五百円で残り百九十八箱。十万円弱。
 自腹を切って、売ったことにして帰ろうかな。でも、今年のボーナスなかったし、これで売り切ったら『さすがだな。この調子で正月も頼む』なんて言われるのも嫌だ。

 おい、寒いな。
「あ、マスクいかがっすか? あ、すみません」

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