「トニーえらいぞ! よう分かったな、麻薬犬になれるんちゃうか」
息子家族は出掛けたようだ。老夫婦が何かを庭に埋め、それを犬に探させるという遊びに興じている。下腹の出た私と同年代の主人が、褒美にトニーという名の犬を舐め回すようにして撫でる。その傍らで上品に手を叩く妻。他の二世代がいなくとも、幸せを絵に描いたような光景はここにある。トニーが掘り起こすのは、彼らにとっての宝物だ。
放射状に室内を照らした光は、再び遮られた。私は冷蔵庫から竹輪とビールを取り出すと、玄関に寝そべる我が家の番犬『タロ』に分け与えながら喉を鳴らした。左の口角からヨダレを垂らした老犬は、気怠そうにムクリと体を起こすと竹輪にむさぼりついた。まるで、自分自身を見ているようだった。
「また、ここ掘れワンワンか」
まさか本当に麻薬犬にでもするつもりかと思うほど、隣家では次の日も朝早くからトニーの訓練が始まった。私の耳には、甲高い鳴き声と「よっしゃよっしゃ」と嗄れた声が繰り返し届く。
「おい、タロ。散歩でも行くか」
タロは私の誘いなどお断りだと言わんばかりに、ひょこりと上げた頭をパタリと落として、再び目を閉じた。
「おいおい、お前までやめてくれよ」
何とも言えぬ不安が私を襲う。
タロは十三歳。人間ならば七十五の私と同じくらいだろうか。とにかく、最近は随分と足が弱った。
「なんだか、この子はうちに来たそうね?」
生まれたばかりの柴犬に一目惚れしたのは恵美子だった。私達夫婦は子宝に恵まれなかった。周囲に孫の誕生を喜ぶ声を聞くたび、恵美子は寂しそうな表情を浮かべた。
恵美子は小さく、可愛いものを欲するようになった。確かに老夫婦の寂しい生活には、何か愛でるべき対象が必要だった。そして、私が仕事をリタイヤしたのを機に、後にタロと名付ける子犬を我が家に招いたというわけだ。
タロの居場所はずっと玄関で、室内と庭を自由に行き来できる場所を自ら好み、選んだ。そんな彼が最初に覚えた特技は、前足で玄関の引き戸を開閉すること。最近は、それもめっきり減ってしまったが。
タロは恵美子によく懐いた。彼女が趣味のガーデニングで庭に出ている時など、ずっと尻尾を振って周りを跳ねていたものだ。好奇心旺盛で、イタズラ好きで。特に恵美子は本当の孫のようにタロを可愛がった。
しかし、恵美子が病に倒れた二年前から、タロの元気はなくなり始めた。そして、今年の三月に恵美子が息を引き取ってからは、ずっとこんな感じで過ごしている。年齢がそうさせるのだろうが、私には恵美子のことが大きく影響しているように思えて仕方ない。私と同じように。
「来年の春、桜見れるんやろか、私」
自宅療養を続けていた恵美子が、昨年の秋にそっと漏らした。窓から見える庭のもみじが綺麗に色付く頃だった。
「ああ、もちろんや」