小説

『ミライちゃん』柿沼雅美(『キューピー』)

「じゃあ今から行こうよ、どうせ明日から土日だし」
 亜沙子がさらっと言い、絵美子が、またまた、と笑う。私も笑うと亜沙子は、だよね、なしだよね、ってか無理め無理め無理でございます、と笑った。
「あ、ごめん、私そろそろオンライン塾の時間、帰らないと」
「マジか、絵美子ほんと真面目だよね、スマホ繋いで授業受けてまーすってできるじゃん」
「オンラインで口頭試験もやるからダメなの~」
「マジか、それはきっついね、おっけ、じゃあまた来週だね、帰ろっか」
 そうだね、と私もカバンにテキストをつめて立ち上がる。
 3人で距離を取って教室を出ると、廊下で左右から消毒ミストが噴射される。冬はこれ寒いよね、と言い合いながら校舎を出て、一瞬だけマスクを下げてほほえむ。別れ際は一瞬だけ全顔を見せようというのが大人には内緒の私たちの友達間でのルールだった。絵美子は  自転車に乗って、亜沙子は駅に向かって歩きだした。
 2人に手を振って、私はバス停に向かった。
 バスを待ちながら、数分先にある、錆びだらけのバス停のポールを思い出した。たしかそれがマイテン区域の手前まで行くバスなはずだった。
 とりあえず…ちょっと…行ってみるだけ…ちょっとミライを探しに行くだけ…心の中で何度もつぶやきながら、錆びたバス停に止まっていたバスに乗り込んだ。ほかのバスと同じで自動運転のバスでも、見た目も中もとても古く感じた。青と銀色の車体で、運転席には教科書に載っていたような小銭を入れるとこがある。窓も手で開けるようになっていて、座席も花柄の布張りだった。
 ドアが急に締まり、ピーという音が響く。びくっとしながら席に座ると、ブルルルと音を立てて走り出した。電気じゃなくてガソリンなんだ、と気づいた。
 舗装されていない道を選んでいるんじゃないかと思うくらい、ずっとバスは揺れていて、崖を切り崩したような細い道を50分くらい走った。アーチのように斜めに生えた木の葉が覆いかぶさっている。陽射しのカーテンが揺れてめくれて私に届いたり影を落としたりしつづけた。
 揺れにも慣れてうっかり眠ってしまっているうちに、バスが終点の“マイテンソバ”に着いて、私が降りるまでずっとドアを開けてくれていた。
 ドキドキしながらバスを降りる。バスはすぐ発車しない。すぐにでも戻ったほうが良いのではないかと思うと、バスが次に乗るまでお待ちしております、と電子的な声を発し、古びたバスでもしゃべってくれるのか、とびっくりした。じゃあよろしくお願いします、と言って、マイテン区域に足を踏み入れた。
 マラソンのゴールテープのように、虹色のテープが張られていて、国境のようにも見える。
 テープをくぐると、顔はめパネルがあって、Welcome to MAITEN!とあって、思わずダサッとつぶやいてしまう。I♡MAITEN、という旗も立っていて、まぁ記念だし、と思ってバリバリピンクのフィルターで写真を撮った。

1 2 3 4 5