小説

『洋ちゃんと真理ちゃん』佐々木ささみ(『ヘンゼルとグレーテル』)

「入っていい?」洋治はそう言って、部屋の中に入る。そしてソファに腰かけて、隣のスペースをぽんぽんと叩いた。真理がそこに座ると、洋治はぽつりぽつりと話し始めた。
「ねぇ、まりちゃん、思ったんだけど……。おばあちゃんは、嘘ついてるんじゃないかな?」
「えっ?」真理は困惑した表情で聞き返す。すると洋治は、
「その、だから。パパとママ、帰ってこないでしょ?でも、おばあちゃんはいつも、もうすぐ帰ってくるよって言うよね。だから……嘘、ついてるんじゃないかって……。」とためらいがちに続けた。
 真理は洋治の言ったことをゆっくりと反芻した。そうだ、たしかにお兄ちゃんが、いつ帰ってくるの?と訊くたび、もうすぐよとしか言わない。……いつも優しくしてくれるおばあちゃん。どうしておばあちゃんは嘘をつくの?一度そう思うと、真理は急に怖くなった。ぞっと肌が粟立ち、体が小刻みに震えだす。
「二人とも、入っていいかしら?」おばあさんが真理の部屋のドアを叩いている。二人は飛び上がった。
「おばあちゃん……。」真理は震える声で、返事をした。怖い。おばあさんがドアを開けて入ってくる。おばあさんの落ちくぼんだ目は、何を語っているのかわからなかった。心臓が激しく脈を打つ。おばあさんは二人が掛けているソファに近づいてきた。洋治は、真理の手をぎゅっと握った。握られた手のじっとりと濡れた感触に驚く。驚いて、真理は考えていたことを声に発してしまった。
「あ……、おばあちゃんは、どうして嘘をつくの?」言った瞬間、しまったと思った。おばあさんのびっくりする表情が目に入る。
「え……?え?ああ……。」おばあさんは驚きの表情から一変、ひどく悲しそうな顔になった。幼い二人はその変化を見逃さなかったが、言葉を紡げないでいた。二人の前に膝をついて、おばあさんは話し出した。

「そうね、パパとママのことでしょう。」おばあさんは申し訳なさそうに続けた。
「おばあちゃんが悪かったわね。嘘をついているように聞こえても仕方がないものね。」
「うん……。」洋治は、そっと言った。
「洋ちゃん、真理ちゃん、ごめんなさい。でもこれだけは言わせてほしいの。パパとママは、二人のことを置いて出ていくような人じゃあないのよ。」そう言っておばあさんは、二人の顔を順繰りに見て頷いた。
「そうだよね……!」真理は少し安堵を滲ませた表情で頷き返した。
しかし洋治の方は、苦しげに呟いた。
「でも、じゃあどうしてパパとママは帰ってこないの?おばあちゃんは、何回も『もうすぐよ』って言うの?ぼくが、いい子にしてないから帰ってこないの……?」洋治はぽろぽろと涙を流し始めた。おばあさんが洋治の顔を見ながら言う。
「違うのよ。たしかにパパとママから『もうすぐ帰れるよ。』って連絡が来るんだけど……。パパとママのお仕事は、予定がころころ変わっちゃうのよ。お天気にも左右されるの。でも、いつかは絶対帰ってくるからね。」おばあさんは続ける。
「ね、洋ちゃんがいい子にしていないからじゃあないのよ。洋ちゃんも真理ちゃんも、いつもいい子にしているのは、おばあちゃんがちゃあんと知ってますからね。」

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