小説

『洋ちゃんと真理ちゃん』佐々木ささみ(『ヘンゼルとグレーテル』)

「おばあちゃん、パパとママはいつ帰ってくる……?」おばあさんはぎくりとする。リビングに向き直り、
「もうすぐよ。」と答えると、洋治はそっと目を伏せて、
「パパもママも、全然帰ってこないね。ぼくたち、置いていかれたのかな……。」と消え入りそうな声で言った。おばあさんは言葉に詰まってしまった。
 そんなことはない、と早く言わなければならない。けれど、まだ幼い洋治から零れ落ちた言葉は、おばあさんをしばし沈黙させた。
 たしかに、洋治と真理の両親は帰ってこない。この広い家に小さな子たちは取り残されていた。真理なんかまだ4歳になったばかりなのだ。
「そんなことはないのよ。」おばあさんはやっとのことで、声を絞り出した。続けて、
「洗濯物を干してくるからね、これを食べたら部屋へ行っていなさい。」と言って、二人にチョコレートビスケットのお菓子を手渡し、リビングを出ていった。
 再び沈黙がリビングを支配した。先に口を開いたのは真理だった。
「お兄ちゃんの嘘つき、ママとパパは帰ってくるもん!」そう言うと真理は、チョコレートビスケットのお菓子を洋治に向かって投げつけた。洋治はむっとして、
「嘘じゃない。パパとママは帰ってこないよ。まりちゃんも、もうパパとママに会えないよ。」と小さく呟いた。もうパパとママに会えないよ――、そんな言葉を聞きたい子供はいない。寂しさと悲壮感がはらはらと宙を舞った。真理の目からみるみるうちに涙が零れる。
「うわーん!嘘だもん、お兄ちゃんは嘘つきだもん!」真理は勢いよく立ち上がり、自分の部屋へと駆けていってしまった。
 取り残された洋治は、顔をしかめる。パパとママは帰ってこないよ……。先ほど自分が発した言葉が、幼い心に鋭利に突き刺さった。だって、こんなに長い間帰ってこないのだ。何度も何度も、おばあさんはもうすぐ帰ってくるよ、と言っているが、もうすぐって、明日とか明後日という意味じゃないか。きっと、帰ってくるなんて嘘なんだ。そうだ。嘘つきは、ぼくじゃなくておばあさんじゃないのか。

 真理は自分の部屋のソファに座り、めそめそと涙を絞っていた。ママとパパが帰ってこないなんて、嘘に決まっている。ママとパパは、まりちゃんのことを大好きなはず。だって、まりちゃんはこんなにママとパパが大好きなんだから……。
 とんとんと、遠慮がちにドアを叩く音がした。
「まりちゃん、ごめんね。」洋治がドアの向こうから声をかける。真理はソファから降りて、ドアを開ける。
「お兄ちゃん……。まりちゃんも、ごめんなさい。」お互いに謝ると、強張っていた心がふっとほぐれた。洋治は真理の頭をそっと撫でた。

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