赤ずきんと一緒に歩くのを楽しみにしていたフリッツは赤ずきんから突然お説教をされてうなだれてしまいました。フリッツは確かに意気地のない子でした。お友達にいじめられてもいつも引っ込んでしまうだけなのです。
「はあ、フリッツ、そんなにしょげないでちょうだい。私はただあなたの為に言っているだけなんだから。これから頑張ればいいって言っているでしょう? ね、だからそんな顔しないで。あら? ねえ見て、あそこに紳士さんがいるわ」
前方の分かれ道の真ん中に黒のスーツ姿にシルクハットを深く被った男が立っていました。
「紳士さん、こんにちは」
「こんにちは、お嬢さん。今日はお祭りの日だというのにどうして森へ?」
「アンナおばあさんにお祭りの麦酒を届けに行くのよ」
「そう、お使いですか。偉いですね! しかし森は危険なんですよ。人を食う狼がいますからね」
「ええ、だからこうして二人で来たのよ」
「子供二人では安心は出来ませんよ。私が一緒について行って差し上げましょう。そうだ、そこの滝に続く左の道を行くとダリア畑がありますよ。今は満開です。おばあさんに摘んでいって差し上げてはいかかですか? 喜びますよ」
「それはいい考えだわ。フリッツ、行きましょう」
紳士は大変陽気で親切でした。麦酒の入った籠は重たかろうと言って持ってくれましたし、ユーモアのある話で二人を笑わせてくれました。赤ずきんとフリッツはこの紳士の巧みな話術と人を引き込む品の良い笑顔とにすっかり魅了されて、その紳士に鋭い牙と爪のあることには全く気がつきませんでした。またその白く尖った歯の覗く口からは既に涎が溢れ出していることも……。
さて、皆はダリア畑に着きました。そこには色とりどりのダリアが見事に咲き誇っていました。
「まあ、きれい。溜め息が出ちゃうわ」
「わあ」
フリッツも言葉にならない感動です。
「どうです、きれいでしょう? さあ大きな花束を作りましょう。坊やはそこで白のダリアをお摘みなさい。お嬢さんはこっちへいらっしゃい。一緒に赤やオレンジのを摘みましょう」
フリッツは畑の手前側で、赤ずきんと紳士は奥の方でダリアを摘み始めました。
「ところで紳士さん、私さっきから思っていたのだけど、紳士さんは大きな耳をしているのねえ」
「それはお嬢さん、あなたの言うことがよく聞けるようにですよ」
「お目めも大きくて」
「それはあなたがよく見えるようにです」
「手もとても大きい」
「それはあなたをよく掴めるようにです」
「それからそのお口! 本当に大きいわ」
「それはお前さんをよく食えるようにさ!」
「きゃあ!」
そう言うと紳士は、紳士に扮していた狼は赤ずきんを片手で抱き上げました。フリッツが振り返った時にはシルクハットを落とした狼が赤ずきんを片手に抱えたままあの鋭く尖った歯をむき出しにした大きな口を開けて声高く笑っていました。
「赤ずきん!」
「この娘は頂いていくぜ」
そう言うと狼は赤ずきんを抱えたまま獣の素早さで逃げ去って行きました。茫然自失の態のフリッツはがたがた震えながら立ちすくんでいました。が、数分の後には狼を追いかけて走り出しました。
「赤ずきん!」