小説

『赤ずきん』小町蘭(『赤ずきんちゃん』)

 狼はにやりと笑ってにおいのする方へと駆けて行きました。
 狼を追いかけてきた猟師は足跡の行き着いた洞穴に着くとそこに空の籠と麦酒の空き瓶が乱雑に転がっているのを発見しました。
「くそっ、遅かったか」
 猟師は厳しい顔をしました。しかしすぐもう一つの足跡が洞穴から続いているのを認めました。それはアンナおばあさんの家の方へ向かっていました。
「まずいっ」
 猟師は急いでアンナおばあさんの家へと駆けて行きました。
 一方フリッツはアンナおばあさんの家へ到着しました。
「アンナおばあさん!」
 フリッツは勢いよくドアを叩きました。
「おや、フリッツ、どうしたんだい」
「狼が出たんだよ! 赤ずきんが連れて行かれちゃったんだ!」
「狼!」
 アンナおばあさんは顔色を変えました。
「フリッツ、お前は家の中へ入っておいで。あたしは納屋から銃を取ってくるからね」
 フリッツは言われた通り家の中へ入り、アンナおばあさんは慌ただしく納屋へ銃を取りに行きました。銃を取ってきたアンナおばあさんですが、家の前まで来るとドアを閉めて外から鍵をかけてしまいました。
「フリッツ! しっかり戸を閉めておくんだよ! 決して出てくるんじゃあないよ!」
 フリッツは何が起きているのかわからず、窓から外を覗きました。外ではアンナおばあさんが家の前で銃を持って仁王立ちしています。とそこへ狼が現れました。
「来たわね」
「やあ、ばあさん。来ましたとも」
「あんたあたしが誰だかわかるかい」
「森に住むばあさんだろう」
「あたしはあんたが去年呑み込んだじいさんの妻だよ!」
「ほう! それでそんなに血がたぎっているんだね」
「あたしはあの人の仇を討つよ」
 アンナおばあさんは銃を構えました。
「打ってごらんよ、ばあさんよお」
 アンナおばあさんは銃を放ちました。しかし銃弾はどこへ行ったかもわかりませんでした。はっとしたのも束の間、もう狼はアンナおばあさんを両手で掴みあげていました。アンナおばあさんは狼の手の中でもがきました。
「そう抵抗したって無駄さ。往生際が悪いねえ。赤ずきんは潔かったぜ。自ら食べさせてくれたようなもんだ。ありゃ実に進歩的な女だ。食うのが惜しかったくらいさ」
「この化け物!」
「あばよ、ばあさん」
 狼はアンナおばあさんをひと一呑みに吞み込みました。フリッツは全てを見て、聞いていました。
「アンナおばあさんが食べられちゃったよ! 赤ずきんも食べられちゃったよ!」
 しかしフリッツは狼の膨れたお腹がゴロゴロと動いているのを見ました。
「生きてるよ! お腹の中で生きてるよ!」
 そう考えていると狼は涎の滴る舌を垂らしながらフリッツのいる家へと向かってきました。狼はドアの前まで来ました。そしてドアを叩こうと拳を挙げました。とその時です。狼の背後から「カチャ」という音が鳴りました。家の門のところから猟師が狼に銃を向けて立っていました。
「今日こそ仕留めてやるぞ」
「またお前か。出来るもんならやってみるがいい。が、ご覧の通り男同士、一対一だ。正々堂々決闘といこうじゃねえか」
 猟師と狼は目玉を合わせるように睨み合いました。
「行くぞ」
 狼がそう言うと猟師と狼は同時に動きました。銃声が森に高く響きました。しかし次の瞬間猟師は狼に馬乗りにされて地面に倒されていました。銃弾は狼の右肩をかすめただけでした。
「勝負あったな」
「畜生っ」
 狼は猟師を丸呑みに吞み込みました。
「猟師さんも食べられちゃったよ!」

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