小説

『赤ずきん』小町蘭(『赤ずきんちゃん』)

 昔、ドイツの国の、森の傍にあるとある村に赤ずきんと呼ばれる女の子がいました。大変おませな女の子で、まだ五歳だというのに大人びた口ぶりでものを言い、かつ男勝りで、肝の据わった娘でした。それでもよく気のつくところは褒められるところで、村の小さな子供たちの面倒はよく見ましたし、お年寄りに手を貸すことを忘れたことはないのでした。赤ずきんの母親はいつも娘に赤いビロードの頭巾を被せていたので、村の人達はこの小さなおませさんを赤ずきんと呼んでいたのでした。赤ずきんは赤のワンピースに白のフリルのついた靴下と赤い靴がお気に入りで、赤ずきんはいつもその格好に赤頭巾を被り、顔をちょいと上向きにあげて澄ました顔で村を歩いているのでした。
 十月の初めの日に村では大きなお祭りがありました。村人達はテントを張った広場に集まって大いに麦酒を呑み、歌を歌うのです。誰もがその一年に一度のお祭りを楽しみにしていました。風もだいぶ冷たくなった頃、そのお祭りの日が今年もやってきました。
 お祭りの日、村は朝から活気付いていました。麦酒の樽が幾本もテントへ運ばれ、焼きたてのプレッツェルと腸詰がどんどんテーブルへ並べられていきます。準備が整い村長の挨拶が済むといよいよお祭りの始まりです。
「乾杯(プロースト)!」
 子供達はざくろジュースで乾杯です。おいしいプレッツェルと腸詰を食べ赤ずきんもお祭りを楽しんでいました。しかし気の利く赤ずきんはお祭りの活気で誰もが忘れてしまっているあることに気がつきました。
「誰もアンナおばあさんに麦酒を持って行っていないわ」
 アンナおばあさんとは森に住むおばあさんのことです。森を通る人が休めるようにと宿付きの茶屋を営んでいるのでした。昨年おじいさんを亡くしたおばあさんは今は一人で茶屋の番をしていましたから、家を空けることが出来ず、村の人達がアンナおばあさんに必要なものを届けているのでした。
「お母さん、私アンナおばあさんのところへ行ってくるわ。お祭りの日に麦酒が呑めないなんて可哀想だもの」
「おやまあ、お前は本当に優しい娘だこと。だけどお前一人では行かせられないよ。森は危ないからねえ」
「ええ、わかっているわ。ちゃんと付き添いを付けるつもりよ。ねえ、フリッツ、一緒に来てちょうだい」
「ひぇっ!」
 赤ずきんの斜め前に座っていたフリッツは驚いて心の中で叫びました。「赤ずきんが僕を付き添いにしたよ!」
「あら、フリッツ、何をじっとしているの。嫌でもついてきてもらうんだから。さあ、ぐずぐずしないで来てちょうだい」
 フリッツは首を「うん! うん!」と縦に振り慌てて赤ずきんについていきました。
 赤ずきんとフリッツは麦酒とプレッツェルと腸詰の入った籠を手に森の道を進んで行きました。と、だしぬけに赤ずきんがフリッツに語り始めました。
「フリッツ、私があなたを誘ったのはあなたと話をしたかったからなの。私は一つあなたに言いたいことがあるのよ。ねえフリッツ、あなたはもっと強くならなくちゃ駄目よ。フランクとハンスはいつもあなたをいじめて、あなたはその度に泣きべそをかいて何処かへ隠れてしまっているけど、それじゃあ駄目だわ。この間なんかおもちゃの蛇を背中の中へ入れられちゃったでしょう? あの時は私が腹立っちゃって二人をひっぱたいたけど、フリッツだって殴ってやればよかったのよ。それが出来ないなら生卵を投げつけてやればいいわ。うちのお父さんは昔よくそうやっていたそうよ。あんなことされて泣き寝入りなんかしてどうするのよ。人間戦わなくちゃいけない時ってあるのよ。もし今誰かに襲われたらどうするの? 戦える? ちょっと難しそうね。でも、まあこれから頑張ればいいわ。今日は何かあれば私が助けてあげるから」

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