小説

『死亡フラグ狂騒曲』宍井千穂(『桃太郎』ほか)

桃太郎はステージ1の迷路のなかでさまよっていた。100人ほどいた参加者たちも迷路内で散り散りになり、今は浦島太郎以外誰の姿も見えない。
「だけどほんとにただの迷路だったんだな。こんなに楽勝なら、全員クリアしちまうんじゃねえの」
 浦島太郎が鼻で笑った。桃太郎も全く同じことを考えていた。ゲームに時間制限がない以上、ほとんど全員がクリアできてしまう。このゲーム、あまりにも簡単すぎやしないか。嫌な汗が背中を流れる。まだオレたちが気づいていない何かがあるのではないか。何か……。
「うわああああ」
「うわっ」
「ひえっ」
 桃太郎の思考は、曲がり角から突然現れた大男に遮られた。反射的に逃げ出そうとしたところで、特徴的な赤い前掛けに気がつく。
「なんだ、金太郎か。驚かせるなよ」
「はは、悪い悪い。右のほうから話し声が聞こえてきたからよ、ちょっと驚かせてやろうと思って」
 浦島太郎がブツブツ文句を言うが、金太郎は悪びれた様子もなく話を続けた。
「二人は一緒に行動してんのか?」
「まあ、今の所は。やっぱり一人より二人の方が心強いしね」
「そうか……なあ、俺も一緒についていってもいいか?俺、こういう頭使うゲームは苦手なんだ」
 頼む、と頭を下げる金太郎の姿を見ると、嫌とは言いづらい。浦島太郎もすっかり毒気を抜かれた様子で、ごにょごにょとまあ俺は別にいいけど、などと呟いている。
「いいよ。オレたちも迷路に自信はないけど、それでもよければ」
 そう言うと、金太郎は白い歯をむき出しにして満面の笑みを浮かべた。
「助かった、本当にありがとうな」
 こういうところがみんなに愛されるところなのかもしれない。オレにはない愛想の良さだ。桃太郎は羨ましいような妬ましいような、複雑な気分になりながら歩を進めた。
「なあ、お前らはどうしてこのゲームに参加しようと思ったんだ?」
 3人で一直線になって進んでいるところで、金太郎が不意に尋ねた。
「どうしてって……決まってるだろ、そんなの。俺は金が欲しいからだよ」
 いっそ清々しいまでの自己中心さで浦島太郎が言い放つ。
「桃太郎は?」
「オレも似たようなもんかな。有名になりたいとか、今までバカにしてきた奴らを見返したいとか、そんな感じだ」
「そうか……」
 話を聞き、金太郎はふっと天を仰いだ。
「俺には夢があるんだ。子供達みんなが希望を持てるような世の中にしたいっていう夢が」

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