小説

『死亡フラグ狂騒曲』宍井千穂(『桃太郎』ほか)

 桃太郎は喉が張り裂けんばかりに浦島太郎の名を叫んだ。自ら、ここは俺が食い止めるフラグを立てるなんて……。二人は力の限りに走り続けた。

「ここが、頂上ですかね……」
 息を整えながら、一寸法師が尋ねた。
 あれから全速力で走り続けてきた結果、鬼には遭遇せずに火山の頂上にたどり着くことができた。少し先に『GOAL』と書かれた看板が見える。
「よかった、もうゴールですよ!」
 一寸法師が嬉しそうに言うが、桃太郎の心は晴れなかった。
 一人だけが勝者という物語で、二人でゴールするなどあるのだろうか。まだ立っていないフラグがあるのではないか……。桃太郎の心の声に呼応するかのように、岩陰から声が聞こえてきた。
「ふっふっふ、よくここまでたどり着いたな」
 このよく通る声には聞き覚えがある。このゲーム中、絶えず聞いてきた声だ。
「あ、あんたは!」
 メガネのレンズに光が反射していて目元がよく見えないが、その姿は紛れもなく司会の安出だった。そのメガネの光り方から見るに、こいつがラスボスなのだろう。安出の隣には金棒を持った鬼もいる。
「このゲームは俺が仕組んだものさ……。俺は、お前らのようなおとぎ話の主人公が大嫌いなんだ!大したこともしていないくせに、ちょっと運がいいだけで主役になりやがって……俺は、なりたくてもなりたかったのに……」
 この話し方からするに、こいつにも死亡フラグが立っているのは間違いない。だがそれより先に、俺か一寸法師が死ぬだろう。英雄は、いつも一人だと決まっているのだ。
「ゲーム中に全員殺すつもりだったが……まあいい、ここでお前らの息の根を止めてやる!行け、クリムゾンよ」
 安出の隣にいた鬼が、一歩前に出てくる。こいつが準ボスか……。多分、こいつと戦うやつには自動的に死亡フラグが立つ。それでもう一人の仲間が怒りで奮い立つというのが、定番の展開だ。桃太郎は、そっと一寸法師の様子を伺った。
「そ、そんな!僕たちはずっと騙されていたのか……くそっ、許せない……!」
 いいぞ、いい感じだ。そのまま怒って鬼に突っ込んでいけ。お前の骨は、オレが拾ってやるからな。だが、桃太郎の腕は、勝手に一寸法師の肩を掴んでいた。
「まちな、一寸法師」
「桃太郎さん……?」
「お前にはまだ早い。ここは、オレがやる」
 ばか、なんてことを……。慌てて口を抑えようとするが、手も口もいうことを聞かない。次から次へと言葉が出てくる。
「あいつは、オレの仲間の仇なんだ。キジと猿は、奴にやられた。だから、ここできっちりけじめをつけなきゃいけないんだ」
 死んでない、死んでないぞ。キジも猿も、ピンピンしてるよ。
必死の叫びも虚しく、もはや桃太郎は歩く死亡フラグと化していた。雄叫びをあげながら鬼に突っ込んでいく。鬼は不敵な笑みを浮かべ、金棒を構えた。やばい、これはダメだ。だが体は言うことを聞かず、拳を鬼に叩き込もうとする。
瞬間、謎のエネルギーに体が吹き飛ばされた。
「必殺、超緋色光線(スーパークリムゾンビーム)だぜ……」
「も、桃太郎さーーん!」

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