小説

『脱出するなら絶望から』柘榴木昴(『死に至る病』)

ツギクルバナー

 働きもせず、学生でもない奴をすべてニートだと思ってもらっては困る。ニートには積極的に働かないクズニートと働く気持ちがないわけではないけど結局動かないダメニートの二種類があるのだ。前者は挫折から立ち直れず世間から目を背け続ける逃避性が高く、後者は心理的な欠陥もしくは己の無力さを知っている謙虚さが光っていると言えよう。
 謙虚さの塊である俺はもちろん後者のダメニートに属する。可能性を捨て、無能さを受けとめ、なるべく省エネで日々の生活をつつましく過ごす。親に金をたかったり床を殴って食事を請求するような積極性あるいは破壊性をもつクズニートに比べ、ネットとゲームにひたむきに打ち込む様はもはや清貧な修道者や禅僧のような清楚さをも醸し出していると言えるのだ。
 いっそ出家しようと思ったこともある。働くことに向かない俺は、求道者に向いてるんじゃないかと。本気で。でも冬寒いからあきらめたのだ。冷え性なんだよね。冬に素足で廊下とか歩けないし、お堂で正座とか絶対無理だし。そもそも聖書もお経も覚えるのが無理。長い。
 かといってもちろん働くのも無理なのだ。これまで全く働かなかったわけではない。ファミレスと倉庫と雑貨屋でアルバイトをしたことがある。だがどれも続かなかった。なぜか。それは俺があまりにも純粋で仕方ないからさ。俺の経験からすると働くことは嘘をつくことなのだ。美味しくもないものを美味しいと勧め、重たい荷物を大丈夫ですと運び、似合ってもないものを可愛いですよと売る。無理なのだ。嘘ついちゃだめだとお母さんとお父さんに言われてきたもんね。
 かといって兄貴みたいに渡米して軍隊入って訓練に明け暮れるなんて余計無理。体はいたわらないとね。兄貴は随分前に軍隊をやめて大手警備会社の重役に着いたらしい。要人警護を受け持つ特殊チームにいるらしく、先日の国際会議ではフランス外交官の脇を固めていた様子がテレビに映っていた。自慢の兄だ。といっても歳が10歳も離れているのであまり遊んだ覚えはない。俺が義務教育のうちに独り立ちした兄貴はそれからずっと家にお金を入れてくれていた。その金額が少なくないおかげで我が家は安泰だった。もちろんそのおかげで俺の生活も安泰だ。それでいいのかという自問自答にはとっくに揺るぎない回答が出ていて、その答えはそう、漬物だ。俺は漬物のようにこの家に添えられている。そう思う事にした。漬物。定食に漬物が無かったら? 誰もがクレームを起こすだろうそうだろう。兄貴はメインのとんかつだ力が出るぜ。母さんは具沢山で栄養豊富なお味噌汁。やさしくておおらかな父さんは炊き立て白ごはんだ。そして謙虚で、でも欠かせない。食卓の刺し色そんな漬物ポジションが俺というわけだ。だから添えられていればいいのだ。
 とんかつ食いてえなあ。母さん今日はとんかつがいいな。廊下にとんかつと書いたメモをドアの下の隙間から差し出して置く。文字はメモの下の方に哀愁漂う感じで弱々しく書いておくのがポイントだ。弱々しいと見せかけて食べたいものがとんかつ。このギャップ、芯の逞しさに母さんも大喜びさ。
 がらがらがらと玄関の開く音がした。ウチは割と古い一軒家なので扉は引き戸なのだ。ドアを少しだけ開けて様子をうかがう。母さんが嬉しそうな声で玄関に向かう。

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