小説

『玉手箱の真意』よだか市蔵(『浦島太郎』)

「あ?」
「おいおい、もう酔ってんのか? 二人とも何アツくなってんだよ。しかしあれだなあ」
 空気を読んだ芸人顔は二人の間に割って入り、そして快活に笑いだした。
「俺が一番凄えんじゃね? 実は俺……美容師やって、ます!」
「マジかよ、ヤベーじゃん」
 金髪が目を丸くして芸人顔の方を見る。
「見習いだから超・安月給だけどな。いずれは自分の店を持つぜ!」
 俄かに盛り上がる二人の友人を、稜は冷めた目で見つめる。
 たぶん俺はお前らの倍以上の給料を貰ってるだろうな、という言葉はジョッキの中に残ったビールとともに飲み込んだ。
(それにしても……)
 稜は店の中を見渡す。実に騒々しい。酔っ払い共が周囲を気にせず飲み散らしている。男も女も、品性というものがまるで感じられない。
 刺身の盛り合わせを一切れ口に運ぶ。冷凍の古いやつだろうか、微かに生臭い。筋が多く舌触りも悪い。そして、先程から飲んでいるビールも値段は嘘みたいに安いが、その味は発泡酒の方がまだマシなレベルだった。
 かつては稜もこうした安いチェーン店で飲むことが多かった。しかし辰宮商会で働き始めてからは収入が安定したこともあり、仕事が終わると一人で飲み屋を開拓することが多くなった。そして知ったのである。少し出す金を足すだけで、酒も肴もずっと旨いものが食えるのだということを。
(なんでこいつらはこんな店のものを旨そうに食うんだ? ……ああ、稼ぎが悪いからか)
 こんな連中と付き合うのは、つまらない。もっと別のダチを、いや……女だ。生涯をともにする女を作ろう。
 二人のくだらない話に適当に相槌をうちながら、稜はそんなことを考え始めていた。

 この日を境に、稜はかつての友人たちとみるみる疎遠になっていく。代わりに、合コン等に積極的に参加した。その外見の良さもあって稜にはたびたび彼女が出来たが、なかなか結婚にまでは至らなかった。
 それから何度か交際と破局を繰り返し、とある女性とゴールインしたのは稜が二十五歳の時だった。

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