ある山にひとりぼっちの小さな狐が住んでいた。狐は名前をコンという。
コンは子供だから小さいのではない。コンだって幼い頃に母狐が人間に殺されていなければ、まるまると太った狐になっていたにちがいない。しかし、育ち盛りにろくなものを食べることができなかったコンは、今でも小さくてやせっぽっちのままだった。
山に遊び相手のいないコンは、毎日とてもヒマだった。どうしてもひまでしょうがない時には、山の麓にある小さな村まで行ってみる。そこで植えたばかりの苗を引き抜いたり、洗濯物を泥で汚したり、どうしようもないいたずらをして寂しさを紛らわせていた。
コンはとりわけ、村はずれにある兵十の家へと行くことが多かった。兵十の家は粗末なものだが、その庭先には立派な銀杏(いちょう)の木が一本生えている。今は春の温かい日差しを受けようと成長している若葉も、秋になるときれいなきつね色に色づく。コンは、狐の形に似たその扇型の葉に、いつしか母狐の姿を重ねるようになっていた。
コンがいつものように木の下で昼寝をしていると、ふいに人の気配を感じ、身を縮めた。コンの形の良い耳だけが茂みから覗いている。ほどなくして、家主の兵十とその母親が帰ってきた。
「お、兵十のやつ機嫌がいいや。野菜の出来がよかったのかな」
兵十の不機嫌そうな顔を見て、コンは気付かれないように小さく言った。兵十はいつも怒っている顔をしているが、そういう顔なだけであって、その性格はとても温厚で優しい。いたずらをしに来たコンに時折、食べ物をくれることもあったくらいだ。
しかし、そんな分かりにくい性格を理解する者はコンの他に、母親と幼馴染の加助くらいなものだろう。兵十はとっくに結婚適齢期を過ぎているが、無口で仏頂面でおまけに貧乏な男の所になど嫁ぎたいと思う娘は、村にひとりもいなかった。
兵十が農具の片付けをおえると母親が茶を持って縁側に出て来た。
「兵十、一休みしよう」
陽のあたる暖かい縁側で親子が仲良く腰を下ろすと、コンはうらやましそうな顔をして、ふたりの様子をみつめていた。すると兵十の母親が縁側から見える大きな銀杏の木を眺めながら目を細めたので、コンは自分がいることがばれないようにさらに身をかがめた。
「村ではあの子がまたいたずらをしたって大騒ぎだったみたいだよ。加助も湯呑にゲンゴロウを入れられたってさ。あの子もよくそんないたずらが思いつくね」