小説

『青い月』冬月木古(『おむすびころりん』『鼠浄土』)

 そのとき、その涙に輝きが、ないことに、気づいた。年寄りの涙には輝きもないのだろうか。いや、今まで涙に輝きがある、なんて思ったこともないじゃないか。暑さのせいだろうか。いや、暑さ?暑いってなんだ?自分は汗ひとつかいていない。暑いと思い込んでいただけなのか。ギラギラしていると思っていた空は、薄く雲が覆っているようで、太陽の姿はなかった。

 キッカーが静かに息を整え、助走を始めた。最後に左足を、よく見えないが、踏み込んだ。そして右足を見えないほど鋭く振り抜いたキックは、ボールに美しい放物線を与えた。楕円のボールは、より高くより遠くへとクルクル回転し、まるで地面に落ちるのを必死でもがいているように飛んでいった。そしてポールとポールの間に吸い込まれていった。メインスタンド中央からはそのように見えた。そしてボールは消えた。

 わたしは拍手を3回し、ため息をついた。今日もこのように一人さまよっている。夢も希望もなく、そして仕事もなく、たださまよっている。仕事があったころは、仕事以外のこともいろいろあって忙しかった。若いころ、夢はなんだと問われると、スポーツ選手、と答えていたが、競技スポーツを辞めてからは、いつも答えに困っていた。明確な夢はなかった。趣味や特技、を尋ねられても、べつに、と言葉を濁していた。無趣味なわけではない。音楽鑑賞や読書もするし、他にもそれなりにいろいろ楽しいでいるが、趣味ですと胸を張って言うほどのものではないと思っていた。生きている全てが趣味だと言いたい気持ちであった。充実、という言葉を使うほど満タンではなかったけれど、カラッポでもなかった。いつも、何か楽しいことないかなぁ、と楽しんでいるのに言うのが口癖だった。実際口には出さず、心の中でつぶやいていただけなので、口癖という表現は正しくないが。いったい自分がどこに向かっているのか、分からなかった。夢や目的を持つことが嫌いだった。夢にさえ縛られるのがイヤだった。夢や目的を定めて、失敗することを恐れていただけかもしれない。前に向かっているのか、後ろなのか、それすら分からなかったし、動いていなければいけないとも思っていなかった。フワフワと漂っていたかった。

1 2 3 4 5 6 7