小説

『父ちゃん』想(芥川龍之介『父』)

 橋の欄干に、数十羽ものカモメがとまり、羽を休めている。
 こちらを向いているもの、背を向けているもの、斜めにとまって、頭だけこちらに向けているもの。
 その中に一羽だけ、真っ黒なカラスが混じり、こちらをじっと見ている。
 潮風が吹き渡り、鳥たちの羽がざわめいた。
「悪くない」
 桟橋に佇んで、私は呟いた。
「悪くないねぇ」
 私の手につかまり、穏やかな海を眺めていた娘が、私の口調を真似して呟いた。
「新しい学校はどうだ、サリー?」
「んー」
 サリーは、私の手をつかんだまま、左右に少し体をゆすった。
「悪くないねぇ」
「そうか」

 街を吹き抜ける風に、潮のにおいが混じる港町。
 ここが、私の新しい赴任先だった。
 私は、職業柄、数年おきに世界各地を転々とする生活をしている。この街には、つい一か月ほど前に越してきた。引っ越しや、娘の転校に伴う一連の手続きは、とうに終えていたが、生憎とこの時期は、学校の春の長期休暇にあたっていた。そのため、娘が学校に通い始めたのは、ほんの一週間前のことだった。
「あ、そうだ」
 娘が口を開いた。
「来週の日曜日、父さんも学校に来なくちゃいけないみたい。あたしも」
「ほう?」
「この間、何かプリントもらって、父さんに見せるの忘れてた。父親参観日っていうんだって」

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