小説

『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)

 ロングTシャツの襟をハタハタと仰ぎながら独り言を呟く。
「しかも、これな……」
 手に持っている可愛らしい紙袋をじとりと睨む。和泉に助けて貰った事も言うと、母さんは彼女にお礼にと焼き菓子を買ってきた。連休明けに渡す様に言われたが、そんなものを学校で渡したらクラスメイトに冷やかされるに決まっている。僕は和泉の家を知っていると嘯いて、今日渡してくると母さんを説得し、そして現在に至る訳だ。
「あ、でもあの場所の近くに住んでいるとか言っていたな」
 昨日の事故現場で彼女が言っていた事を思い出し、ふと足を止める。
「あそこを通って偶然和泉が居たら、これを渡そう」
(洋介さんと食べちゃうつもりだったけど……一応渡す努力だけはしてみるか)
 本当はこのままスタジオに行くつもりだったが、少し回り道をして昨日の場所を通ってみる事にした。
「わっっ」
 何と言う偶然か。ちょうど角を曲がった所で出くわしたのが、生意気そうな小学生……ではなく、私服姿の和泉だった。
「い、和泉!びっくりした!!」
 目を丸くして驚く僕に対し、彼女は表情こそ変えていないものの、少し眉間に皺が寄っていた。
「な、なんだよ」
「……昨日あんな目に遭ったのに、ちゃんと前を見なさいよ」
「う……」
 悔しいが言い返す言葉が見つからない。僕は口を尖らせ顔を反らし、持っていた紙袋を彼女の目の前に突き出した。
「なに?」
「昨日助けてもらったから」
 ほらと紙袋を揺すって受け取る様に促す。
「助けてもらったから?」
 彼女の意地悪な返答にカチンときたので、顔をそちらに向ける。すると、驚いた事に和泉の頬が少し赤く染まっているではないか。
(なんだ、こいつ。嬉しいのか!?)

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