小説

『ふつうの国のアリス』汐見舜一(『不思議の国のアリス』)

 ジョニーという名前は確かにカッコイイと思うけど、帽子屋さんのつかみどころがなくて浮世離れした雰囲気が、消されちゃう気もします。やっぱり何か違います。
「……でも、やっぱり『帽子屋』がいちばんしっくりくるかも」
「ふぅむ。そうですかな?」
「うん。もう少し『帽子屋』で生活して、どうしても嫌になったらジョニーに改名したらどうかな?」
「なるほど、名前をストックしておくのですね。妙策です! さすがアリス様!」
 そんなこんなで、うさぎさんと帽子屋さんの名前は据え置きということになりました。
「おっと、我々の名前ではなく、アリス様のお名前の話でしたね! 脱線をお許しください」
 私の願い、「名前の意味を考えてほしい」というお願いを叶えるため、うさぎさんと帽子屋さんは教室の前の黒板にあれこれ書いて、いろいろと話し合ってくれます。
私はふつうの国の人間なので、おいそれと改名することはできませんが、意味を持たせるくらい許されるはず。
「アリス! 見て見て! とりあえず、まずは形からということで、いい感じの漢字を考えてみたよ!」
 うさぎさんに促され、黒板を見ると、そこにはたくさんの『アリス』が記されていました。
「そして、我々のイチオシは、これらです」と帽子屋さんは言い、数ある組み合わせの中からいくつかを示します。
蟻巣。
「ウジャウジャしてそう」
有酢。
「すっぱそう」
亞鯉簾。
「もう誰も読めないよ。それほんとうにアリスって読むの?」
「実は自分も自信がありません」
 けっきょく、どれもこれもしっくりきませんでした。まず漢字にしてから意味を考えるという作戦は失敗に終わってしまいました。
「もうさ、『アリス』でいいんじゃない? カタカナでさ」
「うむ。自分もそう思います」
「でも、カタカナだと、意味を持たせにくいの……」と私は反論します。「カタカナで『アリス』じゃ、不思議の国に迷いこんだ、あの童話の『アリス』しか思いつかないもの」
 

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