小説

『Ignite』木村浪漫
(inspired by小説『マルドゥック・ヴェロシティ』)

 「……神さまのことはまだ、よくわからない。でも、これがあなたにとって大切なものだってことはわかった。だって、この部屋で後ろを振り向きたくなると、必ず目に入る位置に飾ってあるもの」
 「もう寝ろ」俺は毛布をミラに投げて寄越した。年甲斐もなく赤面しているのを見られたくなかったからだ。

 
 その日、俺は夢を見た。
 練習場所に使っていた俺たちの通っていたハイスクールのゼミ室。管弦楽部の金管の音に混じって俺たちは音楽らしきものをやっていた。
 俺たちのメンバーを紹介しよう。曲の終わりにはいつも息切れして力尽きるのがドラムのジミー・モーガン。適当に叩いているふりが最高に上手いんだ。リズム感最悪で他人に合わせる気も腕もないナルシストのベースが、リーダーのラッセル・ロー。流れてくる曲に合わせて、綺麗だが線の細すぎる声が聞こえるだろ?そいつがベティ。ベタベタのラブソングしか歌えやしない。    
 そして、下手糞なギターを得意気に鳴らしてるバカが俺、フライト・マクダネルってわけだ。これで本人は本物のギタリストのつもりなんだ。大目に見てくれやしないか。
 もう懐かしいと思うこともなくなった『VABE』のメンバー。Vermilion age break edge?意味なんかないさ。それっぽい単語をそれらしく並べただけだ。
 俺たちは夢の中で夢を物語っていた。セレモニー・ホールの百万人ライブ。マルドゥク・シティの全市民が俺たちの音楽で熱狂する。男の子も女の子も俺たちの音を聴けば失神する。いつか俺たちの音楽が、俺たちの名前より世界に知られることになる──。
 根拠もなく俺たちは天国の階段マルドゥクを登っていけると信じていた。
 それを傍観しながら今の俺がせせらわらっている。その夢を叶えるのはおまえらではないし、もちろん俺なわけでもない、と。
 いつに間にか、後ずさっていた。夢の中の俺たちが、眩しすぎたからかもしれない。後ろには何もなかった。ただ、まっくらなくらやみがずっと広がっていた。目の前に炎が迫ってきていた。思わず息を飲んだ。熱が胸の内を焼いた。咳き込み、染みた煙で歪んだ視界の先で、夢の中の俺たちが炎に包まれていた。
 こんなに絶対絶命の状態で、いったい俺は何を叫べばいいってんだ?
 目を覚ますと、ミラは『VABE』のギターを抱えたまま眠っていた。
 なんとなく取られた、という気がした/ギターを取り返そうと試みる/ミラはギターにしがみついたまま/ギターにぶら下がったまま目を覚ます/ハロー?/ハローと返す/ギターも返す/落下するミラ/寝ぼけ眼のまま呟く/さっきまで空を飛んでいたのに。

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