小説

『Ignite』木村浪漫
(inspired by小説『マルドゥック・ヴェロシティ』)

 ──あんたの夢が、現実と繋がってきたってわけだ。やっぱり、ちょっとしたもんだったな、あんたの夢旅行は。
 ──俺はオートナビゲーションを切ってハンドルを握る。そろそろ感覚フィーリングを横に揺さぶってやってもいい頃じゃあないか?
 ──ミラが歌い始める/あーれそーれべんじゃみーんぴーざ/流れていく視界にベンジャミン・ピザの広告/コマーシャルソング/いたくーなったらすーぐりりす/なーみだとおんなじせーぶんなんでーす/おーなかにやさしさをー/頭痛薬/目薬/胃薬/ミラの歌に合わせてハンドルを指で押さえる/ギターのフレットを押さえるように/レ・ミレ・ミレララ・ラ/いーたくーなったらなみだとおんなーじじやさしさを──レ・ミレ・ミレミララ・ラ・ララララ・ラ──。
 ──流れていく景色/その度に流れていくCMソング/感覚は揺れ続けている。
 ──セダンが目的地に到着/フラッシュガン交差点/慰霊碑に刻まれた90名の名前/ジム・フレデリック─スクールバスの運転手/バークレー・オニキス─首の飛んだライダー/リチャード・ヘイム─巻き込まれて潰れて死んだ通行人/俺の指が目的の名前を捕まえる/エリザ・メロウウィンド─バンドワゴンの中で生きたまま焼かれた17才のロックシンガー/あの時、暗闇の中で歌っていたのは、エリザ──おまえだったんだな。

 
「とりあえず、今夜寝る場所を決めてくれ。ベッドかソファか。それとも駅前の安モーテルか」
 ミラはソファの臭いを嗅ぎ、それから俺のベッドの臭いを嗅いだ。ソファの方に膝を抱えて座りこむ──「ここでいいわ」
 俺はベッドの方に座り込んだ。「聞いてもいいか?」ミラはこくんと頷いた。
 「あの夜、どうしてジェシカに会ったんだ?」
 「十年前の事故現場で、ジェシカもあの歌を聞いたの。──息を殺して、目を閉じて。風に歌を託して、夜が明けるのをじっと待とう──クリストファーはわたしのテストだ、って言ってた」ミラの視線が彷徨う。「あれは何?」視線の先には『VABE』のロゴの入ったギター。
 「昔、弾いてたんだ。ロゴの意味は──」
 「Vermilion age break edge」ミラに先回りされる。「意味なんかないのね。どうして、今は弾かないの?」
 「……どんなにクソつまんねぇミュージシャンだって、ぎりッぎりの崖っぷちでシャウトすれば、神さまがそいつを愛してくれる。もう後一歩も退けねぇってところのシャウト、どうにもならなくなった運命ってやつを前に進める力。それが俺にはなかった。神さまに愛されなかったんだよ、俺は」

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