小説

『Ignite』木村浪漫
(inspired by小説『マルドゥック・ヴェロシティ』)

 「他でもない君に喋っているのだけどね。さまよえる魂を導くのも預言者たる私の務めだ。いいだろう。君にとって必要な真実を語ろう。おいで、ミラ。これはきみにとってのテストでもある」
 アッシュグレイの少女──子犬を連想/主人の命令を守る/躾けられた従順さ。
 「ミラ・ペーパー。科学技術で設計された巫女シャーマン。ミラの特殊検診──全身に移植された視・嗅・聴・味・触覚に対して複合的に活動する感覚細胞が、化学成分はおろか電磁波を含むあらゆる波を感知する。体全体が巨大なアンテナになっている、と言い換えたほうが判りやすいかね?会話のトーン、心臓の音、汗の分泌量、視線、呼吸、無線通信から──ミラは人間の持つあらゆる感情を読み取り、言語に変換する。例えば、事件について君が相棒と喋っていた時に、コーヒー缶を握り締めた君が、不意に黙り込んだとする。その沈黙の意味なかみさえも。彼女のエスパー並みの感受性は、語られなかった言葉さえも再現する。死んだ人間の人格ニューラル・ネットワークを再構成することも可能だ。ぐーロックちょきシザーズぱーペーパー。私たち三賢者がこの街に残す、遺産と呼ぶべき代物。これは私の信者たちも知りえない、トップ・シークレットというやつだがね」
 「そんなことが本当に可能なのか?」俺は、クリストファーの言っていることが半分も理解できなかったが、当たり前に過ぎる疑問を口にした。
 「肉体が遺伝子を運ぶ乗り物に過ぎないのならば、心もまた言葉を入れておくための箱にすぎない」
 俺は何と答えれば良いのかわからなかった。それに返す答えを俺は持ち合わせてはいなかった。出来の悪い生徒のように口を噤むしかなかった。
 ──わたしはまだ、くらやみのなかにいるゼア・アイ・スティル・ダークネス
 そうミラが歌った/頭の中で雷撃を喰らったような衝撃/まだら髪の男がミラの背をこちらに押す/子犬はためらいなくこちらに向かう。
 「ミラの有用性を証明したまえ。そして義務を果たせ。ずっと手遅れになる前に」
 こちらの有無を言わさず、一方的に子犬を押し付けられた気分──ミラと目が合う/なんとなくミラの意図を察する/こいつが新しいご主人か。
 クリストファーの居城を後にする/ミラが先行する──はじめから行き先はわかっている、とでも言いたげに。俺は駐車場に止めたセダンのドアに手をかける/視線を感じて振り返る/閃光フラッシュ/無遠慮に焚かれたストロボ──セルゲイ・ブリズギナ。
 「あんたもあのわけのわからん男に誘いこまれたってわけだ」セルゲイはそう言った。ということは、やはり十年前の事故がキー・ワードってわけだ。
 「十年前の事故に何がある?」
 「アレは事故だ。そういうことに、しておけ。あそこには被害者しかいなかった」

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