握ったままのコーヒーカップ。まだ冷めきってはいない。尻の下の固い感触。休憩室の擦り切れたベンチ。この固いベンチが、捜査中の俺に束の間の天国を見せてくれる。
頭を振る。睡魔を追い払う。
「どれくらい飛んでた?」
「ざっと4分半のフライトだ。そろそろブリーフィングだぜ、相棒」
「なぁ、ランド。十年くらい前の事故、覚えているか?十年前・フラッシュガン交差点・銃弾みたいに冷えた雨の夜」
相棒は何かを思い出すような表情をした後に顔を顰めた。
「正確には九年前の10月27日、マルドゥク・シティの9番街41丁目と4番街23丁目を繋ぐ交差点。通称、フラッシュガン交差点から半径200mの範囲で起こった大規模な対物、対人事故。死傷者104名。これは炎焼による遺体の損壊によって身元不詳となった14名の遺体を含んでいる。その日の最低気温は氷点下8度だった。雨のPh値は4.9。確かに銃弾みたいに冷えた夜、だな」
相変わらずの記憶力だった。当の本人は当たり前のような顔でこう続けた。「それで、そいつがどうかしたのかい?」
「その時現場にいたカメラマンがな、取り調べで妙なことを口走ったんだよ。『俺はもう一度、あの地獄を蘇らさなきゃいけないんだ』ってな。……まぁ、結局、シロだったわけだが」
「ありゃ、乗用車のリモートコントロールの制御バグが原因で、事件性はなし、とされたんだっけな」
相棒の言うとおりだ。何故、いまさら終わった事故の夢など見たのか。
「まぁいいさ。あんたの夢旅行はちょっとしたもんだ、って思ってる。次のフライトでは良い土産話を期待しているよ。……特に今のヤマは、俺の従姉が殺されているからな」
思い出すまでもない。俺の現在の仕事=ヤクの密売の摘発。このヤマには、ランドの従姉、ジェシカ・フェーレンが潜り込んでいた。そのジェシカが殺された。死因は凍死。氷点下まで冷え込んだマルドゥク・シティで、薬漬けにされて盗難車に放置されたのだ。
ランデル・コーンウェル──捜査を続行/ジェシカの冷たくなった死体に誓う──必ず犯人に報いるべき社会的制裁を。
親族が死んだ悲しみ──鋼の使命感でカバー/怒りを使命感に昇華──警官のあるべき鑑のような正しさ。
──
夢の中の歌は、ジェシカの助けを呼ぶ声だったのだろうか。