「ランデル・コーンウェルの命運。彼は事件の被疑者を取調室で殴り殺した。君の署長は事故死、として事実に蓋をしたがっていたようだがね。彼の身柄は連邦検事局が預かっている。このままでは刑務所送りを待つ彼を、生命保全プログラムに組み込もう。君が君の有用性を証明し続ける限り、君の相棒の安全は保障され続ける」
俺は、この話を断ろうと思った。これは悪魔の取引だ。ただみたいな貸付で、俺にクソを渡してやろうってことだ。わざわざ騙されてやる必要もない。俺の中の理性はそう囁いている。感情に駆られて馬鹿を見た相棒が刑務所でどうなろうが、俺の知ったことか。
──暗闇に火を点けろ、暗闇に火を灯せ。
歌声が聞こえた。その声は俺の中で切実に響いていた。何かが俺の中で溢れていた。その何かは理性を押しのけて、俺の中のどうしようもなく深い場所に居座ってしまっていた。
──誰もが、暗闇に火を点けることができる。
その言葉こそ、この街で俺が辿りつくべき場所を示しているような気がしていた。
フラッシュガン交差点。十年前の慰霊碑には「嘘吐きの英雄」「大量殺人のサイコは死ね」「電脳犯罪者たちを許すな」言いたいことだらけの、誰かの心無い落書きだらけだ。慰霊碑の前には、一人の女性。
「あなたも、死者の名誉を汚しにきたのですか?」
「いや、違う。ただ、ここに来ただけだ」
「……ごめんなさい。そういう人ばかり、ここに来るものですから」
答えるその声は、人工声帯の合成音声だ。
「えぇ、あの事故で。そこに、私もいたらしいんです」
「──らしい?」つい尋問のようになってしまうのは、俺の悪い職業病だ。
「あの、らしい、って言うのは、事故で記憶が飛んでしまったんです。昔のこと、何も覚えていなくて」
「記憶がなくて。身寄りもなくて。まっくらな暗闇に心が押し潰されそうで」
「そんな時は、“小さな英雄”さんのことを想いました。小さな英雄さんは、たった一人で、あの炎に立ち向かったんだぞって」
女性は落書きを消し始める。戦いを挑むように。
「この落書きを書いた人たちは、きっと、自分の暗闇に潰されてしまったんだと、思います」
「でも、そんな人ばかりじゃないって、わたし、信じているんです」
風が吹く。力強く。暗闇に火を灯すように。
「きっと、誰もが、暗闇に火を点けられるのですから」