小説

『Ignite』木村浪漫
(inspired by小説『マルドゥック・ヴェロシティ』)

 殺害にD・ブレスを使った理由──拳銃よりも手に入りやすかったから。
 ジェシカはただ、そこにいたから殺された。
 被害者の遺族と加害者が取調室で同室する。決してあり得ない光景だ。だが、フレデリック連邦検事はそれをやった。どんな汚らしい手を使ったのだか。だが、それはおれも同じことだ。このために相棒が悪魔と取引することになったとしても、おれの知ったことじゃない。
 おれはただ、理由を知りたかっただけだ。何故ジェシカが殺されなくてはならなかったのか。だがその、こいつの手前勝手な理由は、おれにとって慰めにならなかった。ただ、そこにいたから、殺した、だと。黒々とした感情が行き場を求めておれの底のほうで暴れはじめていた。
 首筋にちくりとした痛み。奇妙で歪んだ高揚感。D・ブレス。連邦検事が笑っていた。
 「効果はアンタの従姉が実証済みだろ。存分に恨みを晴らすといい。ランデル・コーンウェル」

 
 レンガの壁に、破れかけの麻薬撲滅キャンペーンのポスターが残っている。覚醒剤クラックはあなたの人生を破壊クラッシュします/勝手に下の句を継いでみる。使い古されすぎて、当たり前にすぎるような言い回しで/あなたの人生だけでなく、誰かの人生も──。
 ミラの有用性を証明したまえ──クリストファーの言葉が思い返される/突然なにもかもが明らかになる/この言葉は、俺ではなくランドが聞くべきものだった。
 有用性は証明された──ずっと手遅れになってから。
 足音が聞こえた。振り返る。夕闇に長く伸びた影。クリストファー。
 「肉体が遺伝子を運ぶ乗り物に過ぎないのならば、心もまた言葉を入れておくための箱にすぎない」
 長く伸びた影の持ち主は、そう問いかけた。
 「だがその箱は、開かれる時を待っている。ずっと。暗闇の中にあっても」
 口を吐いて出た言葉は、多分俺のものではない。俺の中のエリザが言わせたものだろう。
 クリストファーは、出来の悪い生徒が正解を出したように笑った。
 「合格だ。フライト・マクダネル。君は義務を果たした。君には09法案に参加する資格がある」
 「俺の見返りは?」

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