身をのりだした時、ボートは大きく揺れ、彼女は目を開いたが、私が口づけをすることに気 づきもう一回目を閉じ、彼女自身初めての接吻に身を任せた。
その後、特に話すことはなくボートのり場へ戻った。
地面に立つと不思議とまだゆらゆらしていた。それがなぜなのかは分からなかった。舟のせいだけではないことは確かだった。
* * *
それから私たちは、休みが重なると遊びに出た。柚珠のことを深く知っていった。周りの人たちから見るとある時は恋人のように、ある時は姉妹のように見えたかもしれない。
そうやって私たちはお互いにお互いのことを深く知っていった。動物園、水族館、遊園地、なんでもない買い物、ただ街をぶらぶらするだけの日。いろんな事をした。彼女のことが好 きだった。おそらく彼女もそうだった。しかし、それが分かっていながら、私は柚珠に気持 ちを打ち明けることはなかった。私は彼女のことを重荷に思うことが怖かった。何度も遊んでいるうちにたまに“彼女の耳が聴こえれば”という感情が自分の中にある事を認めたくなかった。
でも、それが確かに私自身の中にあることは自分でも分かっていた。
ある日、学校の食堂で夏織と一緒になった。
私が昼食を食べていると、夏織が目の前に座った。
「久しぶり!元気?」
「元気だよ。夏織は?」
「私も元気だよ。でも最近授業があんまり楽しくなくって。本当に介護の方が私向いてるの かなって悩んでるの。」
「そうなんだ。私も悩んでる。」
私は何気なく答えた。自然とその言葉がでていた。すると、夏織はその言葉を待っていたかのように、
「柚珠のこと?」
と喰い気味で聞いてきた。
私は特にそのことを言った訳ではなかったのだが、柚珠のことで悩んでいるのも確かだったので何も答えられなかった。
それでも夏織は聞くのをやめなかった。
「どうなの?」
「別に…。」
「別にって。あなたたち付き合わないの?」
「分からない。」
「分からないって何が?」
「私でいいのか。私が柚珠を幸せにできるのかって。」
「なにそれ。呆れた。」
夏織は明らかに怒っていた。彼女のそんな表情は初めてだった。私は何も言えず、ただうつむいていた。
「それは逃げてるんだよ。」
そう言いきった夏織の顔に一寸の迷いもなかった。私は胸が張り裂けそうだった。逃げてない。そう言い返したかった。真っすぐ見つめる夏織の視線を感じながら何も言い返せない自 分が悔しかった。
「そんな覚悟なら、もう遊びにも行かないほうがいいよ。旭はもっと、もっと……。」 夏織はその言葉を言い終えることができなかった。
それから、まだ少ししか手をつけていない昼食を持って私の元を去った。
夏織が去った後、私は空っぽになって一人取り残されていた。私は柚珠と付き合う勇気がな いことを夏織は知っていた。
その日も放課後柚珠と約束をしていたのだが、私はどうしても行くことができなかった。考える時間を必要としていた。私自身が私自身を。
* * *