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『ミロ』藤原光平

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 金木犀の香りがほのかに私の鼻先をかすめた。
 私が初めて彼女に会ったのはおそらく、バスの中だった。

* * *

 渋谷へ着くと思ったより人は少なかった。
 どこへ行くかは決めていなかったため、てきとうに向かった先がバス停のある出口だった。
「ねえ、109に行こう」
 通りすぎてゆく人たちの誰か一人が誰か一人に向かってそう言った。
 誰かに行き先を決めてもらえたらどんなに楽だろうかと思った。それから、私は目の前にあったバスへ乗り込んだ。
 バスは私が乗ってから数分経って出発した。どこへ向かうのか分からないということに何処 か優越感に似たものを感じた。時計の針は二時三十分を指していた。もうすでに雨はあがっていたがバスの床にはところどころに水たまりができており、ほんの少し雨の臭いが漂って いた。渋谷駅で少し前に外した、再生しっぱなしだった音楽プレイヤーのイヤホンを耳に詰 めなおし、淡々と走ってゆくバスから見える渋谷の街に視線をやった。渋谷の街は平日の午後なのに学生服を着た女子達や、私服姿の人々がたくさんいた。彼らは何をしているのだろうか。私は気になってしょうがなかった。私自身もその一人であることは十分承知していた。本来居るべき所に居ない人達。居るはずのない場所に居る、居るはずのない時間帯に居る、そんな空間に非日常を感じた。小学生の時にかぜをひいて早退した時のような、どこか遠くに旅行をしている時のような、でもどこか寂しいような不思議な感覚だった。途中何度 かバスは止まったが、そこで乗り降りする人々を気にもとめなかった。
 聴覚はイヤホンが占領していて、目線は渋谷の街にあった。バスはいつの間にか渋谷の街を 後にして、幡ヶ谷方面へと向かっていた。なんとなくまだバスには乗っていたかった。前の曲が終わり、ポケットに入れたままのプレイヤーが次々に音楽をシャッフル再生していく。 意識は全て耳に集中していて、なんとなく見ていた渋谷の街も、今ではただの流れゆく色に すぎなかった。赤、白、緑、茶…。
 ドンッ。急に左肩に衝撃を感じた。イヤホンを外し、バスの車内に目をやった。
「すみません。」
 隣に座っていた女性が小声で謝ってきた。何かを取り出そうとしたのか、膝の上にはバック がのせられていて、その時に手が当たったようだった。「あっ」と声は出たものの軽く会釈 だけしてバスの車内に目線を戻した。車内では乗った時とは人がずいぶん入れ替わっていて、短時間の間に変わった景色をぼーっと見ていた。その時、席は空いているのに一人立ちつくす女性に目が奪われた。
 彼女は華奢な体型で年齢は私と同じくらいのように思えた。服装はジーパンに白いシャツを着ていてコンバースというシンプルな格好で、少し小さめのバックを肩にかけていた。話し かけたい衝動にもかられたがそんな勇気もきっかけもなく、ただ淡々と進んでゆくバスの中で私は一様に彼女だけを見ていた。
 その日はてきとうに渋谷付近をぶらぶら散策した。古着を一着と、雑貨屋で買った日本古風 の食器を一皿買った。右手にその重さを感じる帰り道、私はバスで見かけた女性のことを考 えていた。

* * *

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