私は店員を呼び、待っている間に二人で決めたものを頼んだ。食後のデザートも柚珠には内緒で頼んだ。その後私もスクランブル交差点を見ていた。
なぜか、柚珠といる時はお互いに話していない時間も二人で話しているような感覚にしばしばなることがあった。その時も二人でただ目線はスクランブル交差点にあったのだが、それ を眺めているだけでも意思疎通できているようだった。
時折話をしながら、ゆっくりとした時間をカフェですごした。デザートが運ばれてくると彼 女はすごく喜んだ。普通サイズのパフェを二人で半分づつ食べた。その後、これから何がし たいかを彼女にきいた。
” 動物園 水族館 公園
食べ歩きその他 ”
と、ノートに書いてペンと一緒に彼女に渡した。柚珠は、公園を大きな丸で囲った。
井の頭恩賜公園に着いたのは、十五時三十分前だった。電車を降りて大きくのびをした後、改札を出て二人公園へ向かって歩いた。
公園内は紅葉の葉で覆われていて、太陽の光と調和して美しく心地よい空間だった。
辺り一面落ち葉がじゅうたんのようにしかれていて、その上を子供達が走りまわって遊んで いた。
“気持ちいいね”
私は隣を歩く柚珠に言った。
“うん。こんなのどれくらいぶりだろ。東京にもこんな場所があったんだね。”
私は歩いていて目についた金木犀を指さした。
“ほら、金木犀の花。好きなんだ。”
“かわいい。いい香り。”
“金木犀の香りがすると秋、散ると冬になっていく。そんな気がする。”
“金木犀って秋の象徴なのね。”
紅葉の中を私より少し先を行く彼女はいつもより生き生きしていた。
歩いていると大きな池に出た。池には、アヒル型のボートや、普通のボートがいくつかぽつぽつ浮かんでいた。
私は柚珠にボートを漕ぐ素振りをみせて一緒にのろうとさそった。彼女は頷いてくれた。乗る前に飲み物を買おうと自動販売機へ寄った。いろはすのもも味をひとつ買ってボート場へ行った。
大きな池へ二人をのせたボートは静かに出た。
二人だけの世界だった。微笑む彼女の向かいに私は居た。時折ボートを漕いで人気の少ない 場所へ移動しながら、誰にも邪魔されない二人だけの世界を楽しんだ。途中彼女は、いろは すを飲んだ。私がどう?という顔で彼女を見ると、柚珠はグーサインをして私に渡した。私 は普通を装いいろはすを口にしたのだが、心臓はバクバクしていた。あの時私は人生で味わ ったことのない幸せを感じていた。いろはすの味なんてどうでも良かった。付き合っている カップルのような瞬間だった。
ボートの上で色々な会話をしてたまに見せる柚珠の笑った顔に私は言葉に表せないような感情を持った。目の前にいる彼女のことを本当に愛していると思った。残り時間が五分を告げ る頃、辺りはうす暗くなっていた。不安定に小さくゆれるボートの上を、柚珠は気持ちよさ そうに目を閉じていた。
私は柚珠に聞こえるはずのない言葉で
「大好き」
と小さくささやいた後、身をのりだして柚珠にそっと口づけした。