何があったか知らないが、今日は非常に機嫌がいいらしい。俺はチャンスだと思って、商談の話を進めた。顧客はあっさりと了承してくれて商談がまとまった。よかった。一時はどうなることかと思ったが。
俺は顧客にお礼を言い、その場を後にした。帰り道の足取りは軽かった。しかし……
「あのオーナーは本当に何者なんだ?」
ホテルに戻ると、入り口にはいつものようにオーナーが立っていた。
「どうでしたか、仕事のほうは? 今日はうまくいきましたか?」
いつもの通り、遠慮もなくずけずけと話しかけてくる。
「オーナーがなぜあそこにいたのか、顧客をなぜ知っているのか、何を話していたのか……」
など、こっちから訊きたいことはたくさんあったが、面倒なので、
「おかげさまでうまくいきました」
とだけ答えた。
すると、オーナーの顔がパッと明るくなる。
「おめでとうございます!」
オーナーの声に合わせて従業員の声が続く。
「おめでとうございます!」
本当、こういうのはもうやめてほしい。
「よかったですね。そうだ! 今日は商談の成功を祝って祝賀会をやりましょう! 実はきっと成功すると思って、すでに準備はしてあるんですよ。さ、どうぞ」
と言って、オーナーは俺の意向など全く無視して、俺をホテルのレストランに連れていった。前夜祭のときと同じ流れだ。
レストランに行くと、前夜祭のときにいた従業員だけでなく、見たこともない顔もちらほらあった。彼らはいったい誰なんだ?
「今回は成功を祝っての祝賀会ということで、当ホテルの他のお客様にもお声がけをしております。その結果、何名かのお客様が参加してくれました!」
俺の商談の成功にホテルの他のお客だと? 本当、どこまでぶっ飛んでるんだ、このホテルとオーナーは。
「素晴らしいことはみんなで祝う。これがホテルAI(愛)です!」
オーナーが誇らしげに宣言する。いや、そんなホテルはどこにもないだろう。
「ではお客様の商談の成功を祝って乾杯!」
「乾杯!」
ホテルの従業員だけでなくて、他のお客も乾杯の声を上げてくれ、自分に向かって拍手をしてくれた。ここまでされると悪い気はしない。
そして、今日もまた飲めや歌えやの宴会が始まった。前夜祭のときはやけ酒だったが、今日は商談がうまくいったのと、このホテルの奇抜なやり方に多少慣れてきたのもあったせいか、楽しく飲むことができた。
こうして、俺がこのホテルで過ごす最後の夜が終わった。
今日はホテルAIを去る日だ。朝食を食べて、あとはチェックアウトを済ませるだけだ。朝食を取っていると、例によってオーナーが近寄ってきてどうでもいい話をしてくる。
「いやー、昨日の祝賀会はよかったですね」