俺はあわてて逃げようとドアのほうに向かった。しかし、部屋中にあふれる煙を大量に吸いこんでしまって、そのまま意識を失いかけていた……
「お客様! 大丈夫ですか!」
もうろうとする意識の中で、ドアの外から誰かが俺を呼ぶのが聞こえた。あの声はオーナーか?
オーナーは無理やりドアを開けて中に入ってきた。そして、意識がもうろうとして歩けない俺を抱えて部屋を出て、そのまま俺を背負ってホテルの外に出た。
少し休んでいると意識がはっきりとしてきた。オーナーが俺に気づいて近づいてくる。
「大丈夫ですか?」
「ええ、おかげさまで助かりました。本当にありがとうございます」
「お客様をお守りするのが我々の仕事ですから。無事で何よりです」
オーナーはいつもの満面の笑みを浮かべながらこっちを見ている。
「それに……ホテルは禁煙なのにタバコを吸ってしまい、申し訳ございません」
俺は素直に頭を下げる。本当に悪いことをしてしまった。
「そこは反省していただかないとなりませんが……まあ、被害が思ったほどは大きくないのでホッとしました」
「本当にすみません」
謝って済むことではないが、とにかく謝るしかできなかった。
「とりあえず、お客様には別の階の部屋に移ってもらいます。係の者が案内しますので」
俺は係の人に案内されるまま指定された部屋に入った。部屋に入ると、疲れていたのでそのままぐっすり眠ってしまった。
目が覚めた俺は昨日の火事のことを思い出した。
「なんてことをしてしまったんだ……」
しばらくベッドの上で後悔していたが、落ち込んでばかりもいられない。今日は昨日怒らせてしまった顧客ともう一度会うことになっていた。昨日、怒らせた後で平謝りして、なんとかもう一度会うアポは取り付けていた。しかし、「昨日あれだけ怒っていたし、まあ商談がうまくいくことはないだろう」と半ばあきらめていた。
と言っても、約束をしたのに行かないわけにはいかない。フロントに行ったが、今日はオーナーの姿は見当たらない。まあ、昨日火事騒ぎがあったし、事後処理に忙しいのか、あるいは疲れて休んでいるのだろう。
俺はそのままホテルを出て、顧客と待ち合わせのホテルの喫茶店に行った。中に入り席を見回すと顧客の姿が目に入ってきた。どうやら先に来ていたようだ。待ち合わせの時間までまだ30分もあるというのに……
顧客のほうに近寄っていこうとすると、顧客の向かいに誰かが座っていて、顧客と楽しそうに談笑しているのが見えた。あのお客様、昨日はあんな笑顔は一度も見せなかったのに。
俺は遠くからチラッと見たが、顧客と談笑している相手を見てびっくりした。
なんと、ホテルAIのオーナーだったのだ。
「なぜ、オーナーがここにいるんだ? しかも、俺の顧客と談笑しているなんて……」
訳がわからない。あのオーナーはいったい何者なんだ。
すると、オーナーは俺の姿に気づいたからかどうかはわからないが、席を立ってそのまま喫茶店を出ていってしまった。
しばらく、オーナーの姿を目で追っていたが、我に返り、あわてて顧客のところに行き、あいさつをした。まずは昨日の謝罪と、今日時間を取ってくれたことへのお礼を言った。何を言われるかとビクビクしていたが、顧客はニコニコした表情で「まあ、昨日のことはもういいですから」とだけ答えた。