そうこうしているうちに、オーナーはあいさつを終え、自ら乾杯の音頭を取った。そこからは飲めや食えやの大騒ぎだ。俺はもはや訳が分からなかった。そして、いつの間にか「もうどうとでもなれ」と半ばやけになって飲んでいた。部屋に帰ったときにはすでに日付が変わっていた。
「頭が痛い…」
翌日、目が覚めるとまだ頭がふらふらしているのを感じる。寝ぼけた顔のまま時計を見ると……出発の予定時刻をすでに過ぎていた。
俺はあわててベッドから跳ね起き、すばやく着替えて部屋を出た。あのうるさいオーナーは今朝はフロントにいなかった。今日はラッキーだ。なんて喜んでいる場合じゃない。あわててホテルを出た俺は急いで商談の場所に向かった。
俺は今、商談の帰り道の電車の中にいる。
商談は大失敗だった。大事な顧客を怒らせてしまった。そりゃそうだ。約束の時間に遅刻。しかも酒くさい。こんな相手とまともに取引しようなんて思わないだろう。
「あのホテルの、いやあのオーナーのせいだ」
ホテルに戻ると、入り口にはオーナーが立っていた。
いつものように満面の笑みを浮かべながら、こちらに向かってくる。
「お客様、昨日は楽しかったですね」
いつもなら適当に相手するのだが、大事な商談が失敗に終わった後だったので、さすがに少しイラっとする。
その気持ちに追い打ちをかけるように、
「商談のほうはどうでしたか? 前夜祭の効果もあってうまくいったんじゃないですか?」
何も知らないオーナーが話しかけてくる。さすがにこの一言にはカチンときた。
「うまくいっただと? よくそんなことが言えたな!」
もう自分でも感情をコントロールすることができない。つい感情的になってしまう。
「あんな前夜祭に参加してバカ騒ぎしたおかけで商談は大失敗だよ。約束の時間には遅れ、大事な商談に酒臭い匂いをさせて行って、うまくいくはずがないだろう。全部、お前のせいだ!」
俺は自分の気持ちをぶちまけると、そのまま部屋に戻っていった。
部屋に戻っても怒りのおさまらない俺はタバコをつけた。確かこのホテルは禁煙だったが、関係ない。タバコでも吸わないと落ち着けない。
タバコをつけてひと息ついていると、少し冷静になってきた。
確かにあのオーナーは変わり者で何かとイライラさせられるが、今回の失敗をオーナーに押し付けるのは間違っているんじゃないのか? 宴会に参加するのは断ることもできたはずだし、あの雰囲気でそれが無理だったとしても酒を飲まないか、少量にしておけばいいだけの話だ。商談に影響が出るほどの酒を飲んだのも、日付が変わるまで部屋にもどらなかったのもすべて自分の判断だ。
つまり、商談の失敗はオーナーのせいでも何でもなく、俺自身のせいなんじゃないのか?
「何であんなに大声を上げて怒ってしまったんだろう……」
俺は後悔の念にかられたが、疲れていたのでそのまま眠ってしまった。
そのとき、火のついたままのタバコがカーペットの上に落ちてしまった……
俺はすさまじいベルの音で目が覚めた。
あわてて跳び起きて周りを見ると、部屋の中が真っ赤な炎と黒い煙に包まれていた。
火事だ!
しかも、原因は……ひょっとして、俺が吸っていたタバコじゃないのか!