そんな俺の思いなど、このオーナーにはやはり全く通じなかった。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「ええ、まあ」
仕方がないので適当に返事をする。
「今日もお仕事ですか?」
「ええ、まあ」
こっちは食事中というのをわかってほしい。
「いやー、大変ですね。世間は連休中というのに。企業戦士に休みはないってやつですね。あ、企業戦士なんて今や死語でしたか、はっはっは」
もう返事をするのも疲れてきた。
「ひょっとしてお仕事のシミュレーション中でしたか。これは失礼しました。ホテルAI(愛)としては、お客様とコミュニケーションを取ることが何よりの愛だと考えておりますので、つい話し過ぎてしまったようです」
別に仕事のシミュレーションなどやっていなかったが、これでようやく静かになってくれそうだ。気づくのが遅すぎるが、まあよしとしよう。
と思ったら……
「ところで、昨日隣町で事故があったみたいでして……」
つい話し過ぎたと言ってから10秒も経たないうちに、またどうでもいいことを話し始めた。このオーナーには何を言ってもダメなようだ。朝食を急いで食べ終えた俺は逃げるようにその場を去った。
その日も一日中、打ち合わせや得意先回りをしてきて疲れた俺はホテルに戻った。フロントで鍵を受け取って、素早くその場を去って部屋に戻ろうとしたが……
「お疲れさまでした。いやー、今日もいい天気でしたね。どうでしたか、仕事のほうは?」
背後からオーナーの声がした。しまった、気づかれた。このままだとまた長話が始まる。
「明日は大事な商談がありますので……」
とだけ言って、素早くフロントを去って部屋に戻った。これではさすがにあのオーナーも話はできないだろう。うまくいったな。これからもこれでいこう。
そろそろ夕食を食べに行くか。フロントに素早く鍵を渡して走るように入り口のドアに向かったが……
ドアの前にはオーナーが立っていた。その脇には何人もの従業員も立っている。みんなニコニコと微笑んでいる。今度は何が始まるんだ?
「お客様、明日は大事な商談とお伺いしました」
確かにさっき長話から逃げるためにそう言ったが……
「そこで、今夜はお客様の商談での成功を祈って、当ホテルで前夜祭を行うことにいたしました!」
「は?」
「これがホテルAI(愛)です」
なぜかオーナーは誇らしげな顔で微笑んでいる。いや、意味がわからないんだが。
「当ホテルのレストランにすでに準備はできています。さ、どうぞどうぞ」
オーナーが俺をレストランに連れていこうとする。いや、だから、前夜祭だとなんだか知らないが、なんでホテルのオーナーや従業員と宴会をしなきゃならないんだ。
俺はホテルの外に出ようとしたが、オーナーと従業員に引っ張られるようにレストランに連れられてきてしまった。テーブルには酒と料理が並んでいる。
「さ、まずは一杯」
オーナーがグラスを渡し、ビールを注いでくる。そこから、オーナーの長いあいさつが始まる。オーナーも話を聞いている従業員もなぜかうれしそうな顔をしている。俺一人が冷めた表情をしている。そりゃそうだろう。